カルテ1:縛る女8

颯爽とオフィスに入ってきた金髪の彼女は胸元の大きく開いたタイトな赤いミニのワンピースを着こなし、派手な化粧をしている。つんと安物の香水の匂いが私の鼻先をかすめた。
彼女は私を見ると顔をしかめて言葉を並べ立てた。
「あなたがドクターなの?それとも助手?あなたチャイニーズ系?思ったより背が高いのね・・アジア人って皆背が低いと思っていたけど・・」
失礼な事を次から次に並べ立てる彼女を制して私は努めてにこやかに言い返す。「いいえ、私は日本人です。ミス ジェシカ・ミッドフォードさんですね?初めまして。私はサトシ ワタナベです。このクリニックで見習いの医師をしています。トシと呼んで下さい。」そういって私は彼女に手を差し出した。挨拶はアメリカ社会では基本だ。しっかりと手を握る。

「ふん・・そんなにひどい発音じゃないわね。」と彼女が言った。
「・・そうですか?ありがとうございます。では、早速ですがミス ミッドフォード、今日貴方がこちらに来られた経緯をお聞かせ願いますか・・?」

彼女は椅子に座ると挑発するように足を組み替え、私をじろっと睨んだ。
「何だ・・知っているんじゃないの?」
「大まかには聞いていますが、一応あなたの口から事の詳細を聞きたいので・・お話願えますか?」

「・・・前に付き合ってた奴が私の事をコート(裁判所)に訴えやがったのよ。私がおかしいってね。それで、判決が出て、私がここに来る羽目になったって訳、クレイジーなのはあいつの方だっていうのに、ふざけてるわ!」

「ミス ミッドフォード、何がおかしいと訴えられたのです?」
「知らないわよ!私の事おかしいってあいつが・・」そういうと彼女は不安そうに爪をかじり始めた。いつも爪をかんでいるのだろうか・・?洋服と同じ赤いマニキュアで彩られた爪は深爪になっていてかじれそうもないように見えるが彼女はおかまい無しだ。
「あの・・ミッドフォードさん?あまり爪をお噛みになると出血してしまいますよ?」

すると彼女は爪を噛むのを止めて私を見ていった。「ほっといてよ・・それよりも、私、いつまでここにいれば良い訳?私忙しいのよ。ボーイフレンドを外で待たせてあるの、さっさと終わらせてくれない?」

『ミッドフォードさん、ご存知だとは思いますが、貴方はコートから週に1回1時間ずつのカウンセリングを6ヶ月間の間受けるように指示されているはずです。貴方がこの部屋に入ってきてからまだ5分も立ってませんよ?もう少しリラックスして私と話しませんか?」

「分かってるわよ。ちゃんと話をすればいいんでしょ。で、何が聞きたいって?」
「ですから、あなたが、訴えられた原因です。どうしてその様な事になったのですか?」
彼女はイライラしながら、また長い足を組み替える。私はできるだけ彼女の目を見ながら話す事に努めた。

「別に大した事はしていないわ、ただ、あいつが私と別れて出て行くなんて言うから・・あいつが寝ている間にベットにくくり付けて暫くの間放置しただけよ?私は悪くないわ、あいつが全部悪いの!」

「ですがミッドフォードさん、彼は3日間の間手足をくくり付けられて放置され、脱水症状を起こして危ない状況だったのです。あなたは危うく殺人罪として起訴されるところだったんですよ、それを分かっていますか?」

「それは・・ちょっとは悪かったって思ってるわ、裁判も色々と大変だったし・・・」彼女は口ごもった。
「確かに裁判では、彼が貴方に暴力を奮っていた事もあり、情状酌量されたから、あなたはこうしていられる訳です。ですが、どんな理由があるにしろ、貴方のやった事はほめられた事ではありませんよ。これから半年の間、しっかりと自分自身を見つめ直して今度は健全なお付き合いができるようになさって下さい。」

「あなたって・・・説教臭いのね。それで彼女はいるの?」ふふんと彼女は鼻を鳴らして私に言った。
私も努めて冷静に返事をする。「私の事はどうでも良いですよ。ところでミッドフォードさん、あなたのバックグラウンド、ご家族の事について聞かせてもらえますか?あなたがどこでどんな風に育ってきたのか・・・」

「自分の事は何も教えないくせに、私の事ばかりって不公平じゃない?まあ、いいわよ。どうせ他に話す事もないし教えてあげるわ。」

「よろしくお願いします。」そういって私は改めて彼女と向き合った。

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