カルテ1:縛る女9

彼女は話始めた。「私が生まれ育ったのはテキサス州のテイラーという小さな町よ。本当につまらない町だったわ。老人が多くて・・私の両親も私が7歳ぐらいまで一緒にいたけど、物心ついた頃からよく喧嘩してたわ。父親はアル中で、しょっちゅう仕事を辞めてその度に一騒動あったけど、そのうち父親が出て行って、その後母は私を連れて二度目の結婚をしたわ。新しい父親は町で自営業を営んでいて、経済的には結構裕福だったわ。あっちも離婚歴ありで、子供が二人、ステップブラザーとシスターができて一気に3人兄妹ってわけ。」

「なるほど、一人っ子からいきなり三人兄妹になったのですね。兄妹達とは仲は良かったですか?」私は尋ねる。

「そうねえ、別に良くも悪くもなかったと思うわよ。でも笑っちゃうのがその後よ、私の母親ね、メアリーっていうんだけど、私が14になった頃だったかしら・・子供が三人もいる生活に嫌気がさしたとか言っちゃって、私を置いて出て行ったのよ。その後は行方知れず、どこで何をしてるんだか・・・。」

「え、では、ミッドフォードさんはどうなさったんですか?」

「高校を出るまでは母の二度目の結婚相手が面倒見てくれたわ。自分の子供と一緒にね。父親も子供だけ押し付けられて離婚されてさ・・・気の毒よね。これでもステップファーザーには感謝してるのよ。あんなロクデナシの親達から生まれた、血の繋がりのない私を育ててくれたんだから・・。」

「そうですか・・・。高校を卒業してからはどうされたんです?」
「さすがに大学まで行かせてもらおうなんて思ってなかったわ。小さな町に嫌気もさしてたしね。だからその時に付き合ってた男の家に転がり込んだの。丁度彼がカンザスの大学に行ってアパートを借りてたからね。それまで私、テキサス以外の州って行った事なかったのよ。だから丁度良いと思ってね・・・でも彼ともそんなに長く続かなかったわ。彼は大学で新しい彼女を作って、私もバイト先で出会った男と付き合いだしたもの。

それから、何人かの男と付き合ったけど、みんな長く持たないの。どうしてかしらね・・でも男なんて皆一緒よ。私がちょっと誘えばすぐに落ちるの、面白いぐらいにね・・。」そういって彼女は声を上げて笑った。

その後何度かカウンセリングを続けるうちに分かってきた事が幾つかあった。彼女が好きになる男のタイプ、嗜好、関心のある事柄から嫌いなものまで・・そして一番重要なポイントは彼女の行動の原点となっているもの。それは「愛情の欠落」から来ているものだと私は判断した。

そう、何故か彼女の付き合う相手は彼女自身がロクデナシだとののしる自分の両親と似たタイプである事、彼女が「捨てられる」というキーワードと連携して自我をコントロール出来なくなり、相手を束縛しようとする事など、週に一度、クリニックに来て話を聞く内に様々な問題が見えてきた。

彼女自身は気付いていないが、彼女の本当の心はまだ子供の頃の、欲しくても両親や周りから得られなかった愛情を必死に求めようとする子供のようだ。それも、貪欲に過剰に求めようとするあまり、様々なトラブルを起こしている。なるほど、聞いてみれば、彼女の血のつながりのない父親はそれでも、それなりに彼女を愛していたのだろう、自分の子供として、他の子供達と分け隔てなく・・それでも彼女が感じた疎外感と埋められない孤独はファーストフードのように手軽で、後腐れのない相手ばかりを選び、体の関係を通してしか得られない一時の安心感や目で見える物を与えられる事で偽りの満足を得て自分の心に蓋をしてきたのだ。

彼女と付き合ってきた男達も最初は良いと思っていても、過剰に求められる愛情、またはその裏返しの束縛に嫌気がさし、別れを切り出し去って行く。本当の意味でのコミュニケーションを伴わない上辺だけの関係は最初から長く続くものではない。同じ様な関係を何度も繰り返してそのうち、今回彼女が起こした事件へと発展していったのだ。

私は暫く彼女の話を聞いて後、いくつかのアドバイスを彼女に与えた。

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