カルテ1:縛る女6

私はとりあえず、本橋さんを慰める様に肩をぽんぽんと軽くたたく。
「あなたはよくやっていらしたと思いますよ、本橋さん。ですが、もうそろそろ、そういった関係から卒業しませんか?貴方の人生は、本来ならばそうやって人に束縛されるものではなかったはずですよ。内田さんが貴方から離れて行かれたのは、ある意味貴方にとってラッキーな事だと思います。一度、頭を冷やして、周りをよく見回して下さい。あなたには、もっと素敵な出会いがまっていると思います。」

嗚咽を漏らしながら聞いていた本橋は顔を上げてキッと私を見つめ言った。
「そんな事はありません!僕は咲子に縛られているなんて思ってないです。彼女には僕が必要なんです!だって、今でも咲子は僕を必要としてくれている・・・僕を愛してくれてるんだ!」

私は彼の瞳をじっと見つめ返し言った。「本当に・・・本当にあなたはそう言い切れますか?貴方と内田さんの関係が普通でない事はご自分が一番良く知っていらっしゃるのではないですか?彼女が自分よりも条件の良い他の男の元へ去り、普段は連絡もないのに、自分の都合の良い時だけ貴方を利用する・・・端から聞いていてもおかしいですよ。それが貴方の言う「愛」のあるべき形ですか?本当に貴方はそんな関係を望んでいるのですか?」

「違う!咲子はあいつにだまされてるんだ!だから僕は、咲子の目を覚ましてやろうと・・・」本橋の声がいっそう大きく部屋の中にこだました。

「目を覚まさないと行けないのは貴方の方です、本橋さん。落ち着いて考えてみて下さい。貴方は彼女からの呪縛に縛られてます。」

「違う!違う、違う!僕は咲子を愛してる・・・咲子を幸せにできるのは僕だけだ。」また本橋の声に嗚咽が混じる。

私は、ふうーと軽く息を吐き出すと彼が落ち着くのを待つ。「・・・では、言い方を変えましょう、貴方は何を望んでいるんですか?彼女とよりを戻したい?内田さんの幸せは貴方と共にいる事だと?」

「そ、そうだ!僕なら、あいつ以上の事を何でも咲子にしてやれる!」本橋が答える。

「貴方の考える愛情とは、なんでもかんでも、彼女のしたい様にしてあげる事なんですか?彼女が、貴方に死ねと言えば、死ぬのですか?誰かを傷つけろと言われればその通りにするんですか?!それだったら、貴方の行動は矛盾している事になりますよね、本橋さん。なんでも、彼女の言う通りに・・・?それなら、何故今なお、貴方は彼女に付きまとっているんです?彼女は、貴方にはっきりと、別れたい、もう付きまとわないでくれと言われたのでしょう・・?」

「それは・・・でも、それは咲子の本心じゃない!、きっとあいつに言わされているんだ!」
「あいつとは、内田さんの婚約者ですか?」
「そうだ!あんな奴、咲子にちょっと大きなダイヤモンドを買ってやっていい気になりやがって・・咲子だって一時的に付き合ってやってるだけだ。すぐに目が覚める!」

思った以上に重症ですね・・・この方も・・・。ここまで妄信的になれるのはある意味すごい事ですが、、。私はコップの水をこくりと飲み、唇をつかの間潤す。
「本橋さん、あなたの愛は自分を相手に押し付ける事ですか?相手の同意を求めず、ただ一方的に自分の気持ちを押しつける・・。彼女の望み通りにする事によって自分の中に満足感を見いだし、自分が必要とされていると、安心する・・・。でもね、本橋さん、本当の愛とはそういうものではないですよ?確かに愛の中には、相手を無条件に受け入れる事もあります。でも、それは、見返りを求めないものです。一見あなたは、彼女に対してそのように振る舞っているかの様に見えますが、それは、本当に彼女への愛から来ているものでしょうか?

私には、自己愛にしか見えません。あなたの彼女への執着心は自分を愛してもらいたい事の裏返しですよ。人間誰しも、少なからず自分が大切、自分を愛して欲しいという欲望をもっています。それは大切な事です。自分を愛する事の出来ない人間は本当の意味で他の人を愛する事はできないでしょう・・でも何事も行き過ぎは毒になります。」
私はゆっくりと相手の反応をまつ間、時計にさっと目を走らせる。彼と話し出してから2時間が過ぎようとしていた。

 

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