カルテ1:縛る女5

「その頃から、咲子の様子がちょっとおかしい事に気がつきました。まあ、僕がそれまであまり咲子の内面に目を向けていなかった・・いや、気付きたくは無かったからなのかもしれませんが、彼女の行動や言動にあまりにも裏表があって、咲子自身はそれに気がついていない。
表面上は華やかで友達がいっぱい居るように見えた咲子ですが、それはすべて表面的なものであって実際には咲子にこそ本当の意味で友達がいない事など一旦気がつくと、次から次に咲子の矛盾した性格に気がついていきました。
ある時にはヒステリックに僕に当たりちらしながら自分の正当性を認めさせようとし、次の日にはころっと、態度を変えて謝ってくる。不自然に愛情を求め、それを言葉や形で証明させたがり、不安定な時には体の関係を自分から強要してくる事が多くありました。そしてひどい時は僕を罵倒しながら、私が悪いのだと泣く始末です。

そんな関係が2年ぐらい続いたでしょうか・・僕もだんだんと自覚無しにおかしくなっていったんだと思います。最初は彼女をなんとかしようと思ってた筈なのに気がつけば僕の方が逆に囚われておかしくなって行く・・・こんな状況から抜け出したいと思う自分と咲子を失いたくない、その為になら彼女を真綿でくるんで、何もかもから守って上げたいと思う自分がいて、どうしようも無いんです。ーーー笑えるでしょう?」と本橋は力なく笑った。

私は、やはり・・と今日の朝感じた違和感の正体を突き止めつつあった。
「本橋さん、それは確かに良くない傾向ですね。“共依存”という言葉を知っていますか?そういった関係はお互いに取って何も良いものを生み出しませんよ。そうですね・・もう少しお話しをお聞かせ願えますか?他にもまだ色々とそういう関係に陥った理由と原因があるはずだと思うのですが。」

本橋は小さく頷くと続きを話始めた。「彼女に嫌われないようにと、僕はなんでも彼女の望みを聞いていました。相変わらず、何度も喧嘩したりする事もありましたが、僕は、彼女を守る為に、彼女の望み通りにして、安心させてあげるのが一番だと思っていたんです。ですが、そうこうしてるうちに咲子は私から少しずつ距離を置くようになってきました。仕事で何か嫌な事があった時や、むしゃくしゃしている時、何か下心のある時だけ僕に連絡を寄越すようになって、それから暫くして、ある日いきなり別れ話を切り出されたんです。自分には好きな人が出来たから別れたいって。

その時は本当にむかついて、頭に血が上って怒鳴り散らしました。今まで自分の都合の良いように僕を使っておいて、用が無くなったら切り捨てるのかと。その時、咲子は僕のそんな姿を初めて見たからでしょうか、すごく震えて何度もごめんなさいと謝ってきました。
僕も咲子にあんな風に怒鳴った自分が恥ずかしくて、情けなくて咲子に謝りにいったんです。でもなんて言っていいのかわからなくなって、・・・僕は咲子を失ったら生きて行けない、僕には彼女が必要なんだと何度も訴えました。格好わるいとか、そう言う事も頭の中からさっぱり抜けていて・・・。でもその反面、諦めようと思って僕が暫く連絡をしないでいると、咲子から電話やメールがくるんです。結局僕も諦めきれなくて・・・」
本橋は小さく嗚咽を漏らしながら泣き始めた。

う〜ん・・私は男を慰めるのはあまり趣味ではないんだが・・。しかし、この話から推測するに本橋さんの方は今なら、ちゃんとしたカウンセリングを受ける事でまだ立ち直る事ができるだろうと思う。彼は自分の状況をまだ理性を持って把握している部分がある。ストーカー行為は行き過ぎだと思うが、それは彼が共依存の関係に陥ってしまっているのが大本の原因だろう。だが、実際に問題があるのは彼女の方・・。私が彼女と話していて気がついた違和感・・まだはっきりと断言する事は出来ないが、彼女はアダルトチルドレンではないか・・と。

 

         前のページへ  / 小説Top / 次のページへ