カルテ2:空(から)22

俺が面と向かって親父やおふくろに文句を言ったのはこれが初めてだった。今まではずっと本当は心の奥底では納得していないくせに物わかりの良い子供を演じて来たんだ。
だけど、このままではずっと俺たちは変われない。本当は何も感じていない訳はなかった。ずっと心の奥底に蓋をして知らないフリをしてきただけ。俺も、そして多分貴史も・・。
物わかりの良いフリをして一生を生きて行く事はそんなに難しい事じゃない。俺も、あの事件をきっかけに先生や佐藤のばあちゃんに出会わなければきっと何も考えずに退屈で空っぽな一生を送っていっただろう。

(俺もちょっとは変われるのだろうか・・・)俺は親父とおふくろを促して病室を出る。貴史はじっとベットで眠るばあちゃんを見つめたまま動こうとしない。俺は貴史をそのままにして静かに病室のドアを閉めた。
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「・・・貴史・・」
「ばあちゃん、目が覚めたのか?!」
「ああ・・本当はちょっと前に目が覚めとった。」ばあちゃんはゆっくりと身体をおこそうとしたが、痛いのか低い悲鳴を上げた。
「じっ、じっとしてて!ばあちゃん、今看護婦さん呼んでくるから!」
「ちょっと待ちなさい!」慌てて看護婦を呼びにいこうとした僕をばあちゃんが吃驚するぐらいの強い力で腕をひっぱり引き止めた。
「大丈夫だから・・ちょっと座ってばあちゃんの話を聞きなさい。」
「う、うん・・・。」僕はばあちゃんを突き落としてしまった事を攻められるのだろうと視線を落として次の言葉をまった。だが、祖母が話した言葉が僕が想像していたものとはまったく違ったものだった。

「貴史・・本当にすまんかったな。健司の言う通り、お前を追いつめてしまったのは私達のせいかもしれん。」
「ばあちゃん・・・兄ちゃんの話、聞いていたの?」
「ああ、聞いていた。確かに健司のゆうとおり、お前達は昔から、私と美代子さんが喧嘩をする度に泣きそうな顔をしておった。何度も私に聞いておったな・・お母さんが嫌いなのかって。
その答えをお前に話したことはなかったが、今思えば多分、美代子さんでなくとも、どんな嫁でも気に食わんかったかもしれん。お前達の父親の正隆を私が女手一人で育ててきた事は貴史も知ってるな・・。お前達にはずっと、正隆の父親はお前達が生まれる前に死んだといってきたが、それは本当は嘘なんだ・・。
若い頃の過ちでな、ある男と恋愛してお前のお父さんが生まれたと同時に、その男は失踪してしまって結局私が一人であの子を育て上げた。親や親戚に片親だと馬鹿にされへんようにと思って、一生懸命やって来た・・・。

あれが一流大学に受かって、医者になった時はこれでやっと親類の者達を見返せると思って・・そんな矢先に正隆がいきなり結婚すると連れて来たのが美代子さんだった。
最初は彼女も一生懸命、私の世話をしたりしてくれてたけど、息子をとられたと思った私は素直に彼女の好意を受け取る事ができんかった。そうこうしてるうちに、向こうも私の事が疎ましくなってきたんやろう、お前達が生まれてからは毎日のように喧嘩してた。

お前が万引きをしてる事はちょっと前から気がついてた。実際に現場を見るまでは、それでも嘘だと思いたかった・・。いつの間にか正隆の代わりをお前や健司で埋めようとしてたんだ。
今日うちに刑事さん来はりやったか?あの刑事さんはばあちゃんの知り合いでな本当はもっと大事になる前にお前に話してもらおうと思って私がうちに呼んだんだ。

お前が過ちを犯したのも、私に責任がある。でも、まだ今なら修正できる・・・」
「ごめん・・・ばあちゃん、僕、駄目だとはわかってたけど、イライラしたり物事が上手く行かない時に万引きしたらスッとした感じがして止められなくなって・・・」
「わかっとる。もういわんでええ。お前の気持ちはよう分かっとるからな・・・。私が退院したら一緒に謝りにいこうな?貴史・・」
「うん・・・ばあちゃん・・・ばあちゃんをこんな目に遭わせてしまってごめんなさい。」
「それもええ、命があったら、また新しい関係を作る事もできる。美代子さんにも謝らないとな?」そういってばあちゃんは悪戯ッ子のように笑った。笑いが少し引きつっている所をみるとやっぱり傷や打ち身が痛むのだろう。
いっぱい喋って喉が渇いたらしいばあちゃんに飲み物を買って来ようと戸を開けると、其処には兄ちゃんと父さん達が立っていた。

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