カルテ2:空(から)21

以外な事に親父はおふくろをつれて一緒に病院までやってきた。心無しか二人の表情は暗く青ざめている。
「母さんの様子は?」俺の顔をみると親父がすぐに尋ねて来た。
「まだわかんねぇ、集中治療室に入ったままだ。」
「そうか・・・それで貴史は?」
俺はくいっと顎で病院の待合室の方を指す。「あそこで任意の事情聴取されてるよ。」
「・・警察がきてるのか?」
「そんな・・貴史、貴史ちゃん!」おふくろは青ざめた顔で弟の名を呼びながら待合室の方へ向かって行こうとしたが、丁度それと同時に刑事と弟が連れ立って部屋からでてきた。
おふくろは刑事らしき男を睨みつけながら弟をかばうように抱きかかえた。
「いったい貴史が何をしたと言うんです!」
すると刑事が意外だという顔で言った。「デパートの防犯カメラに彼が万引きしている所が移ってたんですよ。制服から某有名進学校のものだとわかって、調べてお宅の息子さんだと分かったので、お宅に伺おうと思っていた矢先に、おばあさんが倒れられて救急車に乗って行かれたので、私もそのまま後を追ってきたんです。」

「貴史が万引き・・・?そんな馬鹿な・・」親父の唖然とした顔にいらつく。確かに俺も今日の今さっきまでは貴史が万引きの常習犯だったなんて思いもしていなかった。今までも俺だったら今日のこんな事件にも無関心でいただろう、だが・・・
「和田さん?和田さんのご家族はいらっしゃいますか?」看護士の呼ぶ声が聞こえはっとする。
俺たちはあわてて、看護士の元へ言った。
「あ、和田さんのご家族ですね。こちらの部屋に入って下さい。先生からお話があります。」
とりあえず仕方がないので、おふくろと貴史、そして警察は外に居たまま、俺と親父が先生の話を聞く為に小さな部屋に入った。

「和田さんですね?外科の大橋といいます。初めまして。ええと、和田和子さんの状態なのですが、階段から落ちたときの衝撃による、尾てい骨骨折、あと、腕の骨も折れています。一番心配だった頭は、CTスキャンをとりましたが、今の所異常は見られません。もう少ししたら目を覚まされるでしょう。どちらにしろ高齢なので、しばらく入院が必要です。」
俺は話を聞きながら、祖母が死ななかった事、そして弟が過失致死という罪を負わないで済んだ事にほっとする。だが、これからうちの中はしばらくもめるのだろう、その事にどっと疲れを覚えた。今日あった出来事が遥か昔の事のように思える。

先生に挨拶して、部屋を出て、険悪な雰囲気のおふくろ達と逢う。
「兄ちゃん・・・ばあちゃんは?ばあちゃんはどうだって?」出て来た俺に縋り付くように貴史が言った。
「大丈夫だよ。ばあちゃん、骨が折れたりしたけど、頭は打っていなかったみたいだし、時期に目覚めるだろうって」
「そう・・、よかった。ばあちゃん・・・」そういって貴史は力が抜けたようにその場にしゃがみ込んだ。「大丈夫か、貴史?」俺は弟を支えながら、目の前で気まずそうに立つ刑事と顔を合わせた。俺は意を決して刑事に問いかける。
「あのっ」
すると刑事が口を開いて俺が話しだす前に言った。「今日は、ご家族で色々と話し合う事もあるでしょうから、おいとまします。デパートからは一応被害届けが出ていますので、それについてはまた後日、本署の方まで来て下さい。」そう言って名刺を渡し、一礼して去って行った。
個室に移された祖母の病室で親父がおふくろを怒鳴りつける。
「お前はいったいどういう教育をしてるんだ?!どうして貴史が万引きしていたのに気がつかない?こんな恥さらし!」最後の方はほとんど吐き捨てるように言った。
「あ、あなたこそ!いつも仕事で忙しいってほとんど家に帰ってこないで、私とお義母様が喧嘩しても知らんぷりなさってたじゃありませんか!」

「二人ともやめろよ!」俺は怒鳴った。
「ばあちゃんが寝てるんだ、こんな病室で言い争うなんて最低だよ。大体貴史がこんな風になったのだって、親父やおふくろ達の責任だぜ?確かに俺も今まで兄として貴史の事をちゃんと見て来なかったのは、認めるよ、だけど、親父やおふくろのそういった争いごとがどれだけ幼い頃から俺たちを傷つけてきたかわかってんのかよ?!

貴史が万引きを始めたのだって、そういうところから来てんだよ!いい加減分かれよ!」
二人は吃驚したように俺の顔を見つめた。俺は今まで親父やお袋に逆らったり何かを言ったりした事はこれまで一度も無かった。ずっとのらりくらりと波風を立てないように、感情を殺して・・そうだ、感情を殺していままで生きて来たんだ。

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