カルテ2:空(から)17

見えて来た建物は大きな建物ではあったが、会社のビルと言った様なものではなかった。
「ここです。」と彼が指を指した先には、「ポープ敬老園」と書かれている。
「ここって・・・老人ホーム?」和田は目を剥いて私に尋ねる。
「そうですよ。こういった施設にくるのは初めてですか?」
「・・・てか、期待させといて老人ホームって・・」
「おや、きっと楽しいと思いますよ。まあ、ともかく一緒に入りましょう。」私は和田の背を軽く押しながら建物の中に足を踏み入れた。

最初はぶちぶちと文句を言っていたが、元々彼も気が悪い方ではない。少し立つと興味ありげに行き来する老人達の姿を見ていた。
「さてと、お昼も近いので、ここのカフェテリアに行きましょう。ここのカフェテリアは外来者でも食券を買って食事することの出来るシステムになっているんです。色々なメニューがありますよ。しかも安くておいしいんです。」

私たちはカフェテリアでそれぞれ自分の好みにあった食事をオーダーして、空いている席へと腰を下ろした。
「ねえ、先生、なんで俺をここに連れて来た訳?全然理由が分かんないんだけど・・・」
「そうですか?まあ、そのうち分かりますよ。」そういって私はにっこりと微笑む。しばらくすると、頼んだ特製オムライスと焼き魚とけんちん汁セットが運ばれて来た。
長く祖母と暮らしている為か、彼の選んだ食事には少し驚いたが、彼は黙々と箸を動かしている。「おいしいですか?」と私は聞いてみた。

「ああ、結構うまい。」そして私の方を見てにやっと笑うと言った。「意外?俺結構こういう煮物とか焼き魚とかそういったもん好きなんだ。おふくろは昔から外にでてて、食事はばあちゃんが作ってたからな・・。」

「そうなんですか?お母様は、何かお仕事をされているんですか?」
「ん〜、服飾デザイナーやってる。ばあちゃんはそれも気に入らないんだよな〜。」
「服飾デザイナーですか・・・。それは初耳でしたね。ああ、それで貴方がモデルをされるきっかけになったのですか?」
「いや、それとはまったく関係ねーよ。」
「そうですか・・」私たちが話していると、カフェテリアでひと際大きな声が響いた。
「渡部センセ!うわあ、今日も男前ですやん・・あれ、一緒におる子もかっこええなあ」
やって来たのは70歳ぐらいのおばあちゃんだった。
「お久しぶりですね、佐藤さん、お元気にされてましたか?」私はにっこりと微笑んで挨拶をかわす。

「いややわあ、先月逢ったばっかりやん、そんな1ヶ月やそこらでかわれへんで〜!ははは」
俺はいきなり現れた関西弁を喋るおばあちゃんをあっけに取られて見ていた。白とピンクの花柄のスーツを着こなし、これまたピンクのパンプスを履いててまるで若者のように頬を染めて活発に笑う。老人といえば、うちの祖母もそうだが、着物を着ているか、暗いイメージの洋服を着ている印象しかなかった俺は驚いて彼女を凝視した。
「佐藤さん、紹介しますよ。この方が電話で話した和田さんです。どうですか?佐藤さん好みの良い男前でしょう?」

「なにいってんの!センセだってまだまだいけてますやん?センセの事務所にいてはるあの子とはどないなってるん?もうセンセもええ年やねんからはよ結婚せななあ。」
「はは、佐藤さん、相変わらずキツいなあ。その辺は勘弁してください。」
「そうなん?まあ、ええわ、今日はこの子に免じてやめといたる。そんで、この子があんたの言ってた子なんやなあ?」そういって老女はじっと俺の目に視線を逢わせて来た。初対面の老婆にいきなり挑まれるように目を射すくめられ俺は一瞬思考が停止する。

「ああ、ええ顔しとるな。まだまだ捨てたもんやあれへんで。坊ちゃん、フルネームはなんていいますのん?」
「え・・ああ、、和田・・健司だけど・・」
「ふうん、健司かあ、ええ名前やな。ほな暫く今日はうちとのデートに付き合ってもらおうか」
そういって老婆はにやっと笑って俺の手をとった。

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