カルテ2:空(から)16

一服すると、また私たちは話を始めた。「和田さん、趣味は何ですか?」
「・・男に趣味を語って聞かせるってなんかアレだな・・・。趣味ねえ・・ダチと遊びに行ったりする中で大抵の事はできっけど、別に俺自身が自分からしたいとか、やりたいってのは無いなあ・・」

「そうなんですか?例えば、音楽に熱いとか、サーフィンに凝ってるとか、何か、ものを集めているとかそういうものも一切ない訳ですか・・?」
「あんまし興味ねーな。大抵の事はそこそこ出来るし・・ものは必要だったら買えば良いだけの話だろ。」
「でも、和田さんは見た所、服装などにはかなり気を使ってますよね?あと香水なども、それはあなたの興味のうちには入らないのですか?人に見られる事を意識しているからこそそういった洋服を着ているのでしょう?」

「ああ〜、まあな。一応モデルとかやってるし、確かに服装とかはまだ気ーつかうか。でも俺の服ってほとんどスタイリストとかが用意したものをそのまま買い取ってる場合が多いからな、別に俺の趣味がどうこうって訳じゃないぜ?あと、こういったスーツなんかも親父に連れられてパーティーに顔出すからおふくろが勝手に仕立てに出してんだよな・・」そういって和田は自分のスーツを見下ろす。

「なんていうかさ、そういう夢中になれるもんがないんだよ。最初にも書いといただろ、空っぽだって。」
その後、しばらく話をしていたが、帰る間際、私は彼にひとつの提案を出した。
「和田さん、今度の日曜日って何してますか?」
「別に・・・これといった予定は入ってないけど・・?」
「じゃあ、私と一緒に来て欲しい所があるんですが、ご一緒して頂けますか?」
「何処に?」
「ふふ、それは当日までの秘密です。そうですね、朝11時に武蔵野駅前で待ち合わせませんか?」
「武蔵野・・?なんでそんな所に行くんだ?」しばらく和田さんは私の顔をじっと見つめていたが、最後にはため息をついて言った。「わかったよ、俺、日曜のそんな時間帯普通まだ家で寝てるぜ?しかも何げに遠いし・・・。」

「まあまあ、楽しみにしてきてください。」そういって私はにっこりと彼に微笑んだ。
日曜日にあう約束をして、彼は受付で支払いを済まし、事務所を出て行く。私はそんな彼の様子を窓から見送りながら、ある考えを巡らしていた。

そして、日曜日、私は予定の時間の15分前に駅につくと、駅のベンチに腰掛け、彼を待つ間趣味の人間観察をしだす。何にも興味が持てない、空っぽだと言い切る彼の顔を思い出しながらゆっくりと煙を曇らす。
「空しいなあ・・・色々な諸事情があろうとも、この世界、いや日本もまだまだ捨てたものじゃない。あれだけの素質を持っていながらそれをちゃんと使わないのはもったいない・・・」小さく呟く。その声に返答するものがあった。
「何がもったいないって?」目を上げるとラフな格好をした和田が立っていた。シンプルだが質の良さそうなT-シャツとジーンズ、某有名ブランドのスニーカーが眩しい。

「意外に・・・早かったですね。」私はちらっと腕時計をみてから彼に微笑みかけた。
「ああ、まったく・・。日曜に早起きしたのって何時ぶりだよ・・。で、今日はどこか面白い所に連れてってくれるんだよな?期待してるぜ?」
「そうですねぇ。まあ・・・期待していて下さい。では、そろそろ行きましょうか。タクシーで行っても良いのですが、歩いて20分程なので、歩いて行きませんか?」

「わかった。」
「そういえば、今日は弟さんはどうされているんですか?」私は歩きながら彼に尋ねる。
「んー、今あいつは高3で大学受験前だからな。勉強でもしてんじゃねーの?最近あんま顔あわせてないし・・」
「弟さんも、医学部に進まれるのですか?」
「さあ・・・どうだろうな。一応親は俺が跡継ぎだと思ってるけど、あいつにも勉強の事ではうるさく言ってたからな、やっぱり医学部に進むんじゃねーか?」
「ふむ・・弟さんの事についてもあまり興味がないんですね。」
「いや、別に嫌ってるとかって訳じゃないぜ?てか、この年で、弟に興味ありありってかなり気持ち悪ぃし、ありえないだろ?」
「まあ、そう言われてみればそうですね。」たわいもない話をしつつ歩いていく。道ですれ違う女性達がちらちらとこちらを見ているのが分かった。
「なるほど、和田さんって、やはり目立ちますね。もてるというのも分かります。」
「はあぁ・・・?」和田は呆れてこちらを振り向いた。
「よく言うぜ、半分は先生に見とれてんじゃねえの?ほら、あそこにいる女なんかも完璧先生の方みてるじゃん。」
「・・そうですか?」
「自分の事わかってないやつってホントいるんだな・・・」暫くすると、お目当ての建物が見えて来た。

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