カルテ1:縛る女3

街の商店街にある家族経営の中華「福萬圓」は安くてボリューム満点の中華セットが食べられる私のお気に入りの店だ。少したてつけの悪くなった扉をガラガラと開けると店の中から良い匂いが漂ってくる。
「おや、センセ、いらっしゃい。今日はちょっと遅いお昼だね。仕事かい?」馴染みのおかみさんが厨房から声をかけてくる。
「ああ、今さっきまで、人と会っていたんです。今日は何がおすすめですか?」
「そうだねえ、センセの好きな塩鮭と豚挽肉の蒸し物があるよ。」おやっさんが奥から声をかける。「おいしそうですね〜。じゃあ、それ頂きます。」「まいど!」

少し食べ過ぎたか・・満腹になったお腹をさすりつつ、お冷やを飲み干すと私はお金を支払って外にでた。腹ごなしに少し歩くか・・

私はゆっくりと周りを見回しつつ近くの公園を目指し歩き出した。
私は幼い頃から、人を観察するのが好きだった。一人っ子で両親が共働きをしていた私はいわゆる鍵っ子だった。とはいえ、両親の留守中は、近所の人の良いおばさん達がおやつをくれたり何だりと面倒をよく見てくれていたし、同じ年頃の友人も近くに住んでいたので、さほど寂しいとは感じていなかった。だが仲良さげに兄弟喧嘩をする近所の子供達を見る度、自分にも兄弟が居たらと、何度か思った事はあったが・・。よく公園に行ってはそういった近所の人達のごく普通の営みを見ているのが好きだったのだ。それが高じて今の様な職業につく事になったのかもしれないが、今でも時間があるとぶらっと街へ出て行き人間ウォッチングを楽しむ。

まあ、あまり趣味が良い・・・とは言えないが、様々な人間を観察するのは面白い。例えば私の斜め前を歩いているカップルだが、十代の半ば、私服を着ているが高校生ぐらいだろうか?夏休みでもないし、この時間帯にこの繁華街を歩いているという事はサボりか・・女のほうは茶髪のシャギーの入った髪を耳にかけ両手を男の左腕に巻き付けて寄りかかる様に歩いている。あれだけピンの高いヒールを履いていては腰に負担がかかかるだろうに・・どぎつい化粧をしているが、まだまだ顔は幼い。男の方もやけに脱色して黄色くなった頭をして踏んだら脱げそうなズボンを垂らしながら履いている。将来禿げないか心配だ。携帯片手に大声で喋りながら歩いているカップルをよそ目に一抹の不安を覚えたが、珍しい光景でもないので、視線を外し早足でそのカップルを追い抜かして行く。

公園内のベンチに座ってしばらくぼーっと子供を遊ばせる奥様のグループを見ていたが、何やらこちらを見ながらこそこそと話をしている。不審人物と思われただろうか・・・。昨今人さらいや痴漢強盗など、あちこちで一面を騒がせ、小さな子供を持つ親などは特に過敏になっていると聞く。時計にちらっと目を走らせ、そろそろ戻るか・・と立ち上がった。先ほどまでじろじろとこちらを眺めていた奥様方が明らかにびくっとして目線を反らす。

軽く苦笑し、私はゆっくりと公園を出ると事務所に向かって歩き始めた。そろそろ優秀な助手でもある三村君が資料を出しておいてくれている事だろう。私はぼんやりと空を流れる雲を見つつ考えていた。

見慣れたビルの階段を上り、3階にある事務所の戸を開く。「ただいま〜。」
奥のパソコン机で作業をしていた三村君が私の方を振り返り黙って指を指す。ん?なんだ?応接室の方に目をやるとそこにはグレーのスーツに身を包んだ一人の若い男が座っていた。
「はれ・・・?今日はもう何も予約とか入ってなかったよね?」三村君に確認する。

「はい。ですが、飛び入り・・・というか、朝のクライアント、、内田さんの元彼氏さんだそうです。」小声で三村君が私に言う。
「ええっ?・・どうなってんですか。。まあでも、もう既に来ているものを帰れとは言えませんしね。本当に急ですね・・」そういって私は改めてもう一度応接室に居る男に目を向けた。

 

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