カルテ1:縛る女2

「彼とは、サークルの飲み会で知り合って付き合い始めたんです。あんまり会話とか、弾む方じゃなかったけど、何でも私の事を最優先して、私の言う事は何でも聞いてくれました。でも、彼は友達も少ないし、何かというとすぐ、君のためにしたのにって押しつけがましくて・・それが原因でよく喧嘩もしてました。彼が会社に務め出してから、その傾向が強くなって、うんざりしてきた所だったんです。」

「ほう・・・。」相づちを打ちつつ私は続きを促す。

「そんな時、友人の結婚披露宴で藤堂さんに出会ったんです。彼は経済力もあって、紳士的で優しいし、私の事を愛してると言ってくれて・・結婚を前提にお付き合いしたいって・・だから私、彼に別れようって。。これ以上この関係を続けてもうまく往かないからって・・。」

ーーふむ・・まあつまりは元カレよりも良い物件の男が見つかったので前の男は打ち捨てるって訳か・・男にとっちゃあ、楽しい話じゃないな・・。渡部は心の中で呟く。ーー

「そしたら、彼、何回も私の所にやってきて泣くんです。私無しじゃ生きて行けない、なんでもお前の言う通りに生きてきた、なんでも君の望む通りにしてきたのに、何故僕を捨てるんだって。なんか、私、気持ち悪くて・・・。」そういって彼女は口ごもった。口元に手をやる彼女の薬指には大きなダイヤモンドが光っている。

ーー泣く男・・か。まあ気持ちもわからんでも無いが、男のほうもちょっとアレだな・・

私は彼女に向かって言った。「そうですか、ではもし可能なら私がその男性と一度お話して、貴方を諦めるように説得して見ましょうか・・?」

「可能・・だと思います。きっと彼も何か気が病んでいるんだと思うんです。最近ほら、鬱とかってよく聞くし・・・私から連絡して、彼にここを訪ねるように言います。彼は、、私の言う事ならなんでも聞きますから・・。」
そういうと彼女は小さく礼をして、ブランド物らしいバックを手に出て行った。

ーーあれも、その男に買ってもらったものだろうか・・?彼女一方だけの話を聞いていると振られた女をしつこく付け回すストーカー男だが、、どうも彼女の話は色々と引っかかる所がある。ーー

渡部はタバコに火をつけると深く吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出す。ヘビースモーカーと言う訳ではないが、考えごとをする時の一服は頭が冴える。

ーーまずは、その男の話を聞いてからだな・・。できればもう一人、婚約者だという藤堂という男にもあってみたいが・・まあもう少し様子を見てみるか・・・ーー

「センセ、クライアントさん、お帰りになられたんですね。何か調べとく事とかありますか?」三村がコーヒーカップを片付けながら聞いてきた。

「ああ、ありがとう、三村君。まあ、今日の時点では、まだ判断がつきかねるなあ。そうだ、僕がシカゴに研修で居た頃のファイルをコンピューターから引き出しておいてくれるかい?ちょっと調べたい事があるんだ。」私は立ち上がって背伸びをすると三村君に御願いする。

「分かりました。お昼はどうなさいますか?下の喫茶店に行くか、それとも天丼でも配達頼みますか?」三村が淡々と聞いてきた。
「ああ。もうそんな時間か・・。」時計をみると12時半を回った所だった。
「それに天丼って・・・私は別に天丼ばかり食べてる訳じゃ・・う〜ん、そうだなあ・・どうだい、三村君、一緒にランチでも・・」
「お断りいたします。片付けなくては行けないファイルがいくつかありますし、私はお弁当を持参してきてますから・・。」ピシャっとした声であっさりと断られた。つれない・・。

私はタバコを灰皿に押し付けると、一人寂しく部屋を出て行く。
「じゃあ、ちょっと出てくるよ。1時間程で戻る。」そういって私は事務所を後にした。

 

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