カルテ1:縛る女

三村に促されて部屋に入ってきたのは白のタートルネックにラベンダー色のカーディガンを羽織った女性だった。大体20代の後半だろうか・・?
「あ、あの、、先日電話で予約した内田 咲子です。」

ゆっくりと女性を観察しながら、私は口を開いた。
「はい・・。内田さんですね。今日は、初めまして。私は渡部 聡と言います。どうぞ宜しく。」と手を差し伸べると、女性は少し吃驚した様に私の手を見ていたが、おずおずと手を伸ばし握手する。私は少し微笑んで応接室のソファーに座るように促す。三村君が女性に尋ねる。「紅茶、コーヒー、それともお茶・・どちらが宜しいですか?」

「あ、、すいません。コーヒーを御願いします。」

女性は少し居心地悪そうにあちこちに目線を彷徨わせていたが、そのうち落ち着いてきたのか私に目線を戻す。三村が盆にのせた2客のコーヒーとミルク、砂糖を運んできた。
「どうぞ。ミルクと砂糖はここに置いときますから。」
「ありがとう、三村君。」三村君は私をちらっと一瞥すると軽く礼をして出て行った。せっかくの美人さんなのだから、もう少し愛想が良くても・・・と思うが怖いので口には出さない。

クライアントの女性が口を開いた。「あの、ここでは、何でも相談事を聞いてくれるんですよね?」

「はい。一応それが私の仕事ですから。」短く答えて私は三村君がたてた濃いブラックのコーヒーをズズッと飲み込んだ。苦い・・・・。

女性が意を決したように話だした。「私・・・困ってるんです。2ヶ月程前まで付き合っていた彼氏と別れて、今結婚を前提にお付き合いしている男性がいるんですけど、、前の彼氏がしつこく付きまとってくるんです・・・。会社の前で待ち伏せしたり、家の前で何時間も立ってたり、電話も何回も、何回も・・」

私は女性の顔をもう一度じっくり観察する。恋愛相談か・・いや、何か違った匂いがするな。
「はあ・・・それは、困りますねえ。でもそれだったら、悩み相談よりも、警察に行かれた方が宜しいんじゃないですか?」

すると女性の目がまた不安定にきょろきょろと動く。「いえ・・仮にもずっと付き合ってきた人だし、警察に通報するのも・・。それに別に悪い人って訳では無いんですよ・・」
彼女はそういって口ごもった。

私は問う。「それでは、貴方の望みはその彼氏と別れて、その新しい、婚約者・・・ですか?とうまく往くようになりたい、、とまあそう言う事ですか?」

と、いきなり彼女の顔が明るくなって意気込んだように語る。「そうなんです!今お付き合いしている方は藤堂さんって言うんですけど、新鋭の実業家で、本当に優しくって、私の事を考えてくれて・・いい人なんです。」彼女の顔がほんのりと赤く染まった。

私は何やら奇妙な感覚に陥る。こういう女性を以前にも見た事がある・・そうだ、あれはシカゴでの研修の時だったか・・・?私はゆっくりと彼女に問いかけた。
「わかりました。内田さん・・とりあえず、そのストーカーになっているというその男性の事について詳しくお聞かせ願いますか?」

 

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