カルテ2:空(から)12

病院につくと私は、斉藤からお父さんの電話番号を聞き出し連絡を入れた。まだ会社をでていなかったので直接病院に来るという。私は手短に状況を説明してから電話を切った。
人様の家庭の事情につい首を突っ込んでしまった形になったが、今更後戻りはできない。病室には斉藤が付き添っていた。
「斉藤、お母さんの様子はどうだ?」
「薬が効いているみたいだ。よく寝ている・・。」確かに病室のベットに寝かされ点滴を受けている斉藤の母親は、さっきよりも呼吸が落ち着いているようだった。

「済まなかったな・・渡部、なんか色々と巻き込んじまって。」

「気にするな。お前の親父さん、会社から病院へ直接来られるそうだ。斉藤、この際だ、君の抱えてる事や、お母さんの抱えている事も含めてちゃんと家族で話し合った方が良いと思うぞ。こんな事、他人の私が言うのもどうかと思うが、君とお母さんの様子を見ているとすれ違いが多そうだ。君の気持ちもわかるが、もう少し、お母さんの気持ちも考えてあげたらどうだ?家族だからこそ、腹を割って話す時も必要なんじゃないかな・・・と思う。」

「そうだな・・確かに俺も自分の事ばっかり考えて今までおふくろの側に立って考えてみた事は無かったな・・おふくろがあの男に金を渡していたのも何か理由があるんだろうか・・・。」

私は先ほど斉藤の母から聞いた話を斉藤に話すべきかどうか迷った・・だが、他人から聞かされるよりは本人の口から詳細を聞いた方が、衝撃も大きいかもしれないが、より真実が見えてくるかもしれないと思い、私は何も言わなかった。

暫くしてから、斉藤の父親が到着した。簡単に挨拶を済ませ、私は最後に斉藤に目配せをすると病室をでて家へと帰った。

それから2週間後、斉藤が学校へと戻って来た。以前ほど目立った行動をとる事は少なくなったが、表情は随分と穏やかになっていた。放課後、私は斉藤に呼び出されて学校の屋上へとやってきた。

「今日1日、見ていて思ったが、良い表情をするようになったな、斉藤」
「俺、お前に本当に感謝するよ、渡部・・・。お前がいなかったら、俺はきっとおふくろや親父と向き合ってちゃんと話をする事は無かった。

俺な・・・本当に親父の子供だったよ。病院で親父ときちんと話しあって、DNA鑑定を受けたんだ。結果がでて吃驚したのは俺だけじゃなかった。親父は俺とおふくろを抱きしめて子供みたいに泣きじゃくっていた。親父も本当は怖かったんだって、そんときに気付いた。おふくろとも、ちゃんと3人で話し合ったよ。もっと早くにこうしとけば良かったとも思ったけど、俺も今じゃなかったら、もし本当に親父の子供じゃなかった時に、どう対処して良いかわからなかった気がする。まあ、そうはいっても結局は結論がでたから言える台詞だけどな。」そういって斉藤は朗らかに笑った。

「おふくろを脅していた男は警察に捕まったよ・・・。あんな奴にずっとおふくろが苦しめられて来たなんて、俺は気付きもしなかったんだ、最低な息子だよな・・。でも、俺もうちの両親もお前にはすごい感謝してる、今度、おふくろ達が礼をしたいからお前を連れてこいってうるさくてさ、渡部の都合のいい日、教えてくれよな。・・・・でも、お前ってさ、なんて言うのか、こういう、なんて言うんだっけ?カウンセラー?みたいな仕事向いてると思うぜ。
なんかお前と話しているとリラックスするんだよ。なんか心にある汚いものもわだかまりも全て吐き出してしまうって言うかさ・・まあ、お前には迷惑だったと思うけど、おふくろも似た様な事言ってたぜ?」

それから、高校を卒業した私は医学部に入り、確かに彼の言った道に進む事になったんです。まあ、人間観察は昔からの趣味でしたしね・・・こういう風に言ったら語弊があるかもしれませんが。ですが彼と彼の家族に出会った事が私が心理学という世界に興味を持つきっかけになったのだと思いますよ。え?斉藤君ですか? 両親ともすっかり和解して、今では結婚して子供が二人もいるんです。

話終えると私はもう一度、和田の瞳を捕えてにっこりと微笑んだ。
「私の話は、こんな所ですか・・・。楽しんで頂けましたか?和田さん?」

「・・・・そうだな、まあなんだ、よくありそうな話ってやつ?」そういいながら笑っているが彼の目は全然笑っていなかった。何を考えているのだろう?

「そうですか、それで、今度はお聞かせ願えるのでしょうか・・?貴方が仰っていた青少年の悩みと言う物を・・・?

         前のページへ  / 小説Top / 次のページへ