カルテ2:空(から)11

「ーーーそれから私は、斉藤さんのお宅に転がり込んだ。前の夫との離婚が成立しても1年は彼と結婚する事ができない。それでも私は幸せだったんです・・・。あの日私の妊娠が分かるまではっ!妊娠が分かってすぐに頭をよぎったのは、あの別れる最後の日の事だった・・・。
私と斉藤さんは一緒に暮らして間もない頃に結ばれて・・だからきっとこれは斉藤さんの・・私の愛する人の子供なんだってずっと思い込もうとした。
生まれてくるまで、怖くて怖くて・・・もしあの男の子供だったらって何度も考えては打ち消してそして臨月を迎えた。

生まれて来た男の子は小さくて・・・誰に似てるなんてわからなくて、でも病院に駆けつけた斉藤さんを見て、看護婦が一言、おめでとうございます!お父さんにそっくりですよって言ったの。嘘でもその言葉が嬉しくて、斉藤さんもこの子は俺の息子だと言って認知してくれました。
それから暫くして彼と結婚しました。これ以上ないぐらい幸せが続いて・・・

でも、ある日、彼が倒れたと連絡があって病院に行った時、そこの病院の先生から信じられない事を聞いたんです。その病院は彼が幼い頃から通っていた病院で、彼がある検査を受けていた事を知りました。精子の検査です。その時、夫が倒れた理由は過労による睡眠不足だったのですが、その医者は私が、彼のその病気の事を知っていると思って話したんです。
ショックでした。頭をトンカチで割られた様な・・・そんなショックで、、でも夫には気付かれないよう、精一杯世話をして、数日後彼は退院しました。

それから、結局詳しい事を夫に聞く事もできず、月日が流れて、、あの人は相変わらず隆文の事を我が子のように可愛がって、ことあるごとにこいつは俺の子だって嬉しそうに笑っていました。宝くじに当る様な確立・・・そんな確立で本当にあの子が生まれたのか、それともやはり前夫の子なのか・・・大きくなるにつれ顔立ちや仕草など私にそっくりになってきて、それでもどこか夫と似ている部分を探そうと必死でした。

そんな時、、偶然前の夫に会ってしまったんです。すぐに逃げ出しましたが捕まってしまって、根掘り葉掘り今の生活の事について聞かれました。また殴られると思うと怖くて、早く逃げだしたい一心でその時余計な事まで喋ってしまっていた・・・。
私の様子に何か不審な所を感じたのかそれからうちの周りをうろつくようになりました。息子がいる事もばれて、息子に近づかないでって懇願したら、また切れられて髪を引っ張って怒鳴られて外から見えない所を殴られました・・・・。

そのうちどこから調べたのか、隆文は自分の子じゃないのかって言い出して。その後はもう泥沼の様でした。硬直した私をみて軽薄そうに笑って言ったんです。ばらされたくなかったら金を用意しろって。それから、ちょくちょく金が無くなっては私の所にきて金をせびるようになって、こんな姿を息子に見せる訳にはいかない・・・隆文を自分の子だと信じている夫にも言えなくて・・でもだんだんせびるお金の金額がエスカレートしてきました。

もう自分のお小遣いで騙せる範囲じゃない・・そう思って最後にまとまったお金を用意して話をつけに行ったのが、最後・・・その時に隆文に見られていたんですね・・・。」
話終えると斉藤の母はぐったりとその場にしゃがみ込んだ。慌てて支えようと近づいた所で彼女は意識を手放した。連日の心労と過労、よっぽど疲れていたのだろう。抱き上げて見ると斉藤の母はとても軽かった。

急ぎもう一度家に戻り、斉藤を呼ぶ。倒れた母の姿をみて彼は一瞬悲痛な顔をして顔を強ばらせた。「斉藤!ぼーっとしてないで手伝ってくれ。布団はあるのか?ベット?わかった、そこに寝かせて・・そう、ゆっくり・・。」

彼女を寝かせると私は119番に電話して救急車を呼ぶ。どうやら熱もあるようだ。素人判断では怖い。電話をかけ終えると、私は斉藤に言った。
「しっかりしろ!お前がしっかりしなくてどうするんだ!父親が居ない今、彼女を支えてやれるのは息子の君しかいないんだ。」

「・・・・・・わかってるっ!」彼は立ち上がって台所へ行き、氷嚢から氷を取り出して持って来た。タオルを湿らせて氷を包みそれを彼女の額におく。
しばらくするとお馴染みの音が近くまで聞こえてきて、救急車が到着した。私は一瞬迷ったが、斉藤を連れて一緒に救急車に乗り込んだ。
病院までの道すがら夕焼けがやけに赤く染まっていたのが印象的だった。

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