カルテ2:空(から)10

しばらく無言の時が過ぎたが、斉藤がまた口を開いた。
「俺・・・DNA鑑定受けようと思ってるんだ。」
「え?」私は聞き返す。
「親父は・・・何も言わないけど、本当は俺が本当の子供じゃないって知ってるんだろうな。俺も・・・こんな中途半端なままじゃあ動く事ができない。本当の子供じゃないなら・・・それでもいい。ちゃんと自分で調べて納得したい。まだその後の事はどうするかどうするか、わからないけど・・。」
斉藤は自分で納得の行かない事については頑として動かない男だった。もし彼が自分でそう決めたのなら、それが成し遂げられるまでは動かないだろう・・・。
「そうか、わかった。斉藤、君の好きにすればいいと私は思うよ。君が誰の子供であれ、私の大切な友人だという事は変わりない。それは覚えておいて欲しい。」

「ありがとう・・渡部」

私は、彼の部屋をでると階段を降りて玄関先へと向かった。斉藤の事はもちろん心配だったが、やはり気になるのが彼の母親だった。階段の下でずっと二階を気遣うように立ちすくんでいた彼女は私を見送る為に玄関先までついてきた。私は立ち止まると、もう一度お礼を言いつつ言葉を添える。

「おばさん、斉藤は、きっと大丈夫です。今は迷ったり悩んだりしてますが、きっと乗り越える事ができます。お母さんも・・どうか彼と向き合って上げて下さい。色んな事情はあると思いますが・・・自分の息子の事を信じてあげて下さい。」

彼女がはっと目を上げ私の顔を伺うように仰ぐ。「ーーー息子はどうして・・いえ、、何かご存知なのですか?」
「彼が何について悩んでいるのかは、本当はお母さんが一番良く知っているのではないのですか?」私はじっと彼女の目を見つめ返した。
視線を彷徨わせながら彼女は落ち着かないようにエプロンの端をいじくっている。

「できれば、一度親子でちゃんと話し合って見て下さい。」
「・・・でも、、あの子は私とは目も合わさなければ話もしない。父島から帰ってきてからずっとあの部屋に籠ったままでて来ないんです。それなのにどうやってあの子と・・・」

「斉藤にも色々とわだかまりがあるみたいですが・・・、おばさん、ひとつ聞いて良いですか?」
「えっ、ええ」
「斉藤は、一体誰の子供なんです?」
さあっと音を立てるように彼女の顔が真っ青になる。硬直した彼女を見て後悔した。しまった・・赤の他人の私が簡単に突っ込んで良い問題ではない。慌てて言いなおす。
「すみません、余計な事聞いてしまいました。忘れて下さい。本当にすみませんでした。失礼します・・・。」礼をして立ち去ろうとする私を彼女が呼び止めた。

「まって!やはり、あの子は・・隆文は知っていたのね。あの男の事を・・・」
「・・・・。後を付けたと言っていました。」
「そう・・・だから・・・。ごめんなさい、貴方は悪くないの、そんな顔しないで頂戴。只でさえ私の所為で隆文を苦しめているのに、貴方にまでそんな顔をさせたらきっと隆文は私の事を許してはくれないでしょうね・・。隆文に事情は聞いたのかしら・・・私と斉藤の父親の事?」

「ある程度は・・・」
「実際のところね・・・母親の私にもわからないのよ。おかしいでしょう?自分で生んでおいてこんな事を言うなんて・・。別れた前の旦那は本当に最低な人だった。アルコール中毒で、酔う度に私に手を上げて・・あの日も、彼に殴られて公園で佇んでいる私を助けてくれたのが今の夫だったのよ。とても親身になって面倒を見てくれたわ。そのうちだんだんと私も彼に惹かれて行って・・惹かれて行く度に離婚を考えたけど、そんな事を言えばまた殴られるだけ、怖くて何も言えなかった。

そうこうしてる間にある日いきなり髪をもって部屋中ひきずり回された挙げ句ナイフで脅されたのよ。お前、俺に内緒で浮気をしているだろうって。確かにその時、私は斉藤さんに惹かれていたけどやましい事は何も無かった。必死で違うって否定したわ。でも彼は斉藤さんの事を知っていて、しかも私の事で彼に慰謝料を請求したの。もう情けなくて悲しくて、どうしようもなかった。斉藤さんは私を離婚させることを前提にあいつに大金を支払ったのよ。・・・でも最後にあの男は私をボロ雑巾の様にナイフで脅しながら犯して去って行った・・。」

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