カルテ2:空(から)9

「俺んちさ、おふくろと親父再婚してんだよ。親父がおふくろを見初めて結婚して・・俺はその二人が結婚して間もない頃に妊娠がわかって出来た子供だった。おふくろは親父と結婚する前に付き合ってた男がいて、まあよくある話かもしれないけど、どっちの子供かわからない・・。血液型はマッチしてたらしいけどな。俺、おふくろの方に顔が似てるし。でも親父はそんな不安定な俺を大切に育ててくれたよ。

俺も親父に迷惑をかけないように一生懸命学校でも頑張ってた。学校でも、家でも恥をかかせたくないと思ってたしな。DNA鑑定をすれば一発でわかる事なんだろうけど・・親父は頑として検査を拒んだ。俺の息子に間違いないってね・・・。中学ん時にさ、ちょっとした出来心で母親に反発して3日ぐらい家をでた事があったんだけど、その時親父がすぐに警察に連絡してさ、誘拐されたのかと思ったって、あの時もすごい怒られたけど、嬉しかった。

それが・・この間さ、2学期が終わった後だったか、偶然見ちまったんだ。おふくろが知らない男に金を渡しているのを。気になってそいつの後をつけてったんだ。薄々嫌な予感はしていたよ。付けている最中も頭ん中で、もう止めろって何度も思った。焦ってたのか、付けてたのがばれてしまって、その男が言うんだよ。酒臭い息を吐いて笑いながら、お前は俺の息子だって・・・。

親父は、精子の数が圧倒的に少なくて子供ができる可能性は宝くじに当る様なものだって。俺が親父の子だって事はありえない・・・そう言われて俺、何がなんだかわからなくなってしまって気がついたら走り出してた。本当に何も考えられなくて・・・唯一、昔親父に連れて行ってもらった父島の海が無性に見たくなって、溜めてた貯金全部下ろして行ったんだ。

テントと食料品を買い込んで、何もない砂浜でやっと息をついた。こんな所まできてしまってどうしようと言う気持ちとあと、親父にどんな顔して会えば良いのかわからなかった。おふくろがずっと黙っていた事にも無性に腹が立ってあんなやつが俺の本当の父親だなんて信じたくなかった。さすがに1週間経つ頃には食料や水もつきかけて来てたし、いくら人は少ないと言っても9月の海で人目を避けられない。そろそろ潮時だと思ってた頃に島のおまわりさんに職務質問されて参ったよ・・・。まさかこんな所まで連絡が行ってるなんて思わなかった。

帰ってすぐに親父に殴られた・・。何が不満だ?って真剣な顔で聞かれたよ。でも言える訳が無い・・・。」

斉藤の両目から涙が溢れ出した。しばらく何も言わずに黙って聞いていたが、私は彼に言った。
「済まなかったな・・・お前に辛い話をさせてしまって。でも、お前親父さんに、お前の本当に抱えている気持ちを話した方が良いと思う。お前の話を聞いてる限り良いお父さんじゃないか。
血の繋がりだけが親子じゃない・・・血がつながっていたって、他人よりも仰々しい家庭はいくらでもある。本当の親子ってのは、斉藤と親父さんが今まで一緒に積み重ねて来た経験や思い出、関係にあるんだよ。」

「そんな・・・簡単に割り切れるものなのかな・・・?」斉藤が嗚咽まじりに小さく呟いた。

「お前、いままで親父さんの何を見て来たんだ?当ってみろよ!お前の親父なら絶対にお前の気持ちを受け止めてくれると思う。
あとさ、お前のおふくろさんだけど・・・憎く思う気持ちはわからないでも無い。でも人間は弱い生き物だ。おふくろさんだってきっと苦しんだんだと思う。許してやれよ。さっきも廊下で思い詰めた様な顔をしてた。」そう、実際の所、斉藤よりも私は彼の母親の様子が気になっていた。何日も寝ていない様な・・・目の下のクマは以前見たよりも酷くなって頬も痩けていた。

「なんで・・・俺なんか生んだんだよっ!くそう・・・っ」悲痛な叫びが部屋に木霊した。

「・・・生まれて来た事を後悔してるのか?」

「わからない・・・自分でも、この苛立をどうして良いのかわからないんだっ!」
自分の存在を認めて欲しいという叫びなのか、それとも存在を消したいのか・・?それさえも自分自身わからない。何もかもが投げやりな彼のそんな姿を見たのは初めてだった。
どうすれば良いのだろう・・。彼が本当に、本心から求めているものは何なのか・・私はじっと息を殺しながら考えていた。

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