カルテ2:空(から)7

「まあ、ともかくさ、よろしくな。俺、先生からお前の事、面倒見てやれって言われてんだよ。外からの転入生なんて珍しいしな・・。」
「そうなんですか?それはありがとうございます。よろしくお願いします。」斉藤は照れくさそうに私の肩を叩いた。斉藤は後で知った事だが、クラスだけでなく、学校でも有名人だった。頭脳明晰、スポーツ万能、明るく場を盛り上げるタイプで本当に人気者だったのは彼の方だと思う。何とはなしに気が合ったのか、それからはよく二人でつるむようになった。
日が経つにつれ私も様々な友達ができたが、斉藤とはそれ以上の時間を一緒に過ごしていた。

「俺さ・・お前といるとなんか安心する・・つーか、安らぐ感じがするんだよな。」ある日の午後、図書室の一角で斉藤が私に向かって言った。
「・・・安心ですか?」私は読んでいた本を片手に小さく首をかしげる。
「別に、なんでもねーよ。気にすんな。」そういって斉藤はごまかすように笑い飛ばす。思えばそれが最初に感じた違和感・・引っかかり。
その後も暫くの間は何事もなく、平和な日々が過ぎて行った。そして、二年目の2学期を迎える頃、彼は突如学校から姿を消した。

2学期が始まって1週間が過ぎた頃だったか、放課後、担任に呼び出された。個人面談室の扉を開くと其処には担任の工藤ともう一人女の人が座っていた。誰だろう・・でもなんだか誰かと似ている気がする。
私が椅子に座ると担任が口を開いた。
「渡部、お前確か斉藤と仲良くしていたよな。」
「はい。」
「その・・・お前知らないか?あいつが何か悩んでいたとか・・・。」
何故そんな事を私に聞くのだろうか。斉藤君と仲良がよいとはいえ、彼はずっと小学校からのエスカレーター式の学校に通っているのだ。なにも私でなくても、もっと彼のことをずっとよく知る人がいるのではないか・・と私は考えていた。
「正直わかりません。何かあったんですか?」
担任の工藤はため息をはくと、ちらりと隣の女性を見やった。
「こちらは、斉藤のお母さんだ。」
「斉藤君の・・・?」私はじっとその女性を見る。心無しか青白くうつむいた顔をみて納得する。さっき感じた親近感はこれだったのか。
「実はな・・・ここだけの話なんだが・・・斉藤は今行方不明なんだよ。今日で1週間になる。」
思いも寄らない言葉に私は吃驚する。斉藤が行方不明・・?
「それで・・・、警察には連絡したのですか?」私が問う。
「いや、それは、まだ色々と事情があって連絡はしていないらしいんだが・・・」と担任が言いよどむ。子供が一週間も行方不明なのに警察に届け出ないとはどんな親だ?私は視線を斉藤の母親に戻した。

斉藤の母がおずおずと口を開く。「心当たりは全て探しました。以前にも、一度こうやってふらっと家から出て行った事があったんです。その時は3日ほどで帰って来ましたが、その時は誘拐でもされたのかと警察を呼んで大騒ぎだったんです。結局は違ったのですが・・・。主人の仕事の手前、今大切なプロジェクトを抱えているときなので大騒ぎする訳にも参りません。
それで、隆文と仲の良いあなたにお話を伺いたくて・・・。」

私は疑問に思っていた事を問うてみた。「何故・・僕なのでしょうか?斉藤君はずっとこの学校に通っていて人気者ですよね。私などより、もっと彼に近しい友人がいるのではないですか?」

斉藤の母親は首を振る。「いいえ・・・あの子が学校の事を話したり、友達を連れて来たりということは今まで一度もありませんでした。お恥ずかしい話ですが、私ともほとんど口をきいてくれない状況で・・でも一度、隆文が嬉しそうにあなたの事を話した事がありました。信頼できるいい奴だと・・本当に嬉しそうに・・・。ですからもしかして、隆文の居所も何かご存知なのではと思ったのです。」

私は彼女の思いも寄らない言葉に驚いた。
「・・・わかりました。私も何ができるかわからないですが、あいつの行きそうなところとか、色いろと探ってみます。」
結局その後、暫く3人で今後の事などを話あい、学校やクラスには、斉藤が病欠ということで話を通す事になった。その方が帰って来た時に、余計な心配しなくても良いようにとの配慮だ。
いじめなどの線も考えたが、この1年余四六時中一緒にいてた私が、断言するが、彼はそういったものとは無縁だった。気さくな性格でクラスメートはもちろん、先輩方にも可愛がられていたはずだ。何故・・・彼はいきなり失踪してしまったのだろうか・・・・

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