カルテ2:空(から)6

「ところでさ、俺の問診表見た?」にんまりと和田が笑う。
「拝見させてもらいましたよ。空・・でしたか?」
「そう。あんたの目からみて、俺ってどう見える?教えてよ・・先生」

「そうですね・・・まだこうだ、と言えるぐらいにあなたの事を知りえてはいませんが、ファイル、そしてあなた自身を見た私の感想を述べさせてもらうと、まず、自信家・・それらはあなたの生まれ育った背景、頭脳、そして外見などの混合で成り立っているように見えます。外面的には苦労知らずの坊々・・ですが家庭環境には少々複雑なものを感じますね。
要領は良いほうじゃないですか?軽口を叩いてますが相手の事をよく見ていますね。なかなか気配りもできるみたいですが。」といってちらっと彼の持って来たケーキに目を向ける。

「あー・・それから、とてもつまらなそうですね。なんだか全ての事に対してなげやりなイメージを感じます。ああ、でも三村君に対しては結構興味新々といった感じでしょうか・・違いますか?」

和田は暫くの間、一言も発する事無く私を睨みつける様な目で見ていたがぷっと吹き出して笑い出した。
「はははは!もう・・・最高だよ・・先生。カウンセラーとかってどんなものかと思ってたけど、ホント面白いね。先生も・・彼女も。俺、半分は冷やかしついでに来たんだけど、結構ビンゴだったな〜。
俺ってさ、昔っから要領良く何でもできちゃう子供だった訳・・。親の望む通りに進学校いってさ、医学部に入った。金はあるし、このルックスで読者モデルなんかもやっちゃって、いくらでも女が寄ってくる・・何でも望むものは手に入るのに、いつも空っぽのままなんだ。
何をやってもつまんね〜。一昨日別れた女も鬱陶しいとは思うけど未練もなければ愛情も無かったな・・ヤラセてくれる女なんて吐いて捨てる程いるしな。でも先生の言った通り、三村さんだっけ・・?あの女にはちょっと興味あるかも・・ガード固いよね・・あーゆー女落としてみてえ。別れ話以外であんなに女に拒否られるのってまじ新鮮かも・・」

「・・・恋愛はゲームではありませんよ。そんな悪趣味な事にうちの三村君を巻き込まないで下さいね。」と私は釘を刺す。
「あれ・・先生って独身だっけ?彼女の事好きなの?」と和田が身を乗り出して聞いてくる。
「私の事はどうでもいいですよ。それに人の恋愛沙汰に首を突っ込むより、あなたには学ばなくてはいけないもっと必要な事がいっぱいあるでしょう?」
「ああー、もうそんな説教臭いこと言わないでよ。それよりもさ、せっかく金払ってんだからもっと面白い話でもしようぜ・・・そうだな、俺の事はどうでもいいけど、先生の事聞かせてよ。なんでこんな仕事してんの?」

私は彼と話をしながら、ある人物との接点を覚える。かつて関わった事のある彼とよく似たタイプの男性の姿を思い出す。
「私がこの仕事を始めた理由ですか?一概にはこれと言ったものはありませんがきっかけはありましたよ。聞きたいですか・・・?」
「・・・聞かせてよ、そのきっかけってやつを。」

私は一口紅茶を口に含むとゆっくりと飲み干し、彼の目を見つめて微笑んだ。日本人は目と目を合わせて話す事に慣れていない人が多い。案の定、彼も私から目を背けた。
「わかりました、ではお話しましょうか・・・。あれは・・私が高校に入学して間もない頃でしたか、僕の通っていた高校は都内でも有名な進学校で、生徒たちはほとんどが小学校からのエスカレーターでした。高校から編入してきた私の様なタイプは珍しかったのだと思いますが、ある日、声をかけて来た男子生徒がいたんです。
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「よう、お前渡部だっけ?他の学校からの新入生だよな?」
私は声をかけて来た男子生徒をまじまじと見つめる・・えっと、この人は確か・・。
「斉藤だよ。斉藤隆文。お前と同じ1年A組の。」私の表情を読み取ったように、彼は笑って自己紹介してきた。
「ああ、そうでした。斉藤君・・どうかしたんですか?」
「お前・・変わった奴だな。先輩とかならともかく別に同級生にまで敬語を使わなくてもいいと思うぞ?」
「・・何か気に触りましたか?私は昔からこういう喋り方なので今更言葉遣いを変えるというのも結構難しいんですが、あまり気にしないで頂けると助かります。」
しばらく呆れたように彼は私をみていたが、そのうち仕方ないといった様子で首をすくめた。
「ま、いいけどさ。お前が色んな意味で目立ってる理由がわかったよ・・。」
「??私が目立っているんですか?」
「か〜、これだから自覚の無い奴は!超めだってるっつーの。お前が入学してきてから、女達が騒いでるだろうが!その嫌みな足の長さとか・・まったく。」
何が問題なのかまったくわからない・・・私は首を傾げて目の前の男を凝視した。

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