カルテ2:空(から)1

昼過ぎの喫茶店で耳に聞こえてくるのは、サティのピアノ曲と泣く女の声・・・
ああ、もう鬱陶しいな・・俺は窓の外から目線を戻し、目の前で泣き叫ぶ女の顔を見やる。マスカラがはげ落ちたその顔は見られたモンじゃない。もういい加減この状況にも飽きてきた。
「聞いてるの?!健司?!」女がわめく。
「ああ、聞いてるよ・・・、で、何?」言い終わるかと同時に女が俺めがけてグラスに入っていた水をぶっかけた。
「あんった、本当に最低!」声が震えている。女はそそくさとバックを抱えると早足で店をでて行った。ジ・エンド・・つまんねーな本当に・・俺は濡れた髪を掻きあげほおづえをつく。

突如俺の後ろから小さな声が聞こえた。
「冷たい・・・。」首をまわして後ろを見やると、長い黒髪を後ろで一括りにしている地味目の女がかかった水しぶきに眉をひそめている。
慌てて立ち上がり女に頭を下げる。「あっ、すいません・・・かかっちゃいましたか?」

見ればわかるだろうとも言わんばかりに女は俺をうさんくさそうな目で見上げた。ぱっと見た感じでは地味な女だと思ったが、なかなかどうして顔立ちの整った美人だ。
ふうん・・・なかなかいけるかも・・と俺は先ほど別れた女の事などすぐに忘れ、目の前の女に注意を向ける。うりざね顔に切れ長の二重の瞳、すっきりと通った鼻筋に薄い唇。ともすれば嫌みになりがちなほど整った顔に冷ややかな二つの視線が突き刺さる。

「良いです・・もうそろそろ出ようかと思ってましたから、外は暑いし直ぐ乾くでしょう。それに別にコーヒーや紅茶じゃ無かったからシミにもならないでしょうし・・・。」
そういって女は濡れた伝票をもって立ち上がりレジに向かおうとする。俺も慌てて伝票を掴むと彼女の後を追って行く。
「あ、あの、俺支払います!」レジの前に来て支払いをしようとする彼女を押しとどめる。
「・・・・別にあなたに支払ってもらう理由はありませんが・・。」
「いやあ、ほら、水ぶっかけられたのって俺の所為だし、君関係ないのに結構濡れちゃったじゃん?せめてこれくらい払わせてよ。本当はクリーニング代も払わないといけないぐらいなんだしさ。」と言い募る。

「結構です。気にしないで下さい。」と彼女は財布を取り出したが、俺は素早く財布から5円札を抜いてカウンターに置くと「これ、俺らの分と、あと店汚しちゃった分なんで!」と言って強引に彼女の肩を抱いて店をでる。

「あの、ちょっと!」店をでるとすぐに彼女が俺の手を払いのけ、俺を睨みつけた。
「困ります。別にあなたに払ってもらう理由はありませんから。」
「いいじゃん、俺が悪いんだからさ、ほら、それよりも人が見てるよ。そんな大声出すからさ。」確かに道を歩く通行人らが二人に注目している。濡れ鼠の俺と彼女を見れば何かあったと思うのは不思議ではない。

彼女はふと周りを見渡すと少し下を向いて早足で歩き出した。ヒールの音がカツカツと響く。俺も早足で彼女の後をついて行った。
暫く歩いて行くと、彼女がくるっと振り返り、怒ったような顔で俺にくいかかる。
「なんでついてくるんですか!」
「え、なんでって・・そうやって君を怒らしたまま帰らす訳にもいかないしねえ・・・?」
「結構です。私はぜんぜん気にしてませんから!ほっといて下さい!」
「ほっとけと言われてもさ、俺、君に興味あるんだよね・・・お姉さん・・・たぶん俺より年上だよね?」そういって俺は彼女に一歩近づいて彼女の手をとり顔を近づける。自慢じゃないが、俺の容姿は結構いけてる方だと思う。ファッションセンスももちろんだが、持ち前のこの容姿に寄ってくる女は吐いて捨てるほどいる。俺がこうやって顔を近づけると大抵の女は顔を赤くして、落ちるのだ。ナンパなどはほとんどした事もないが、たまに友人に誘われて行った先では100発100中だ。

だが女は、余計うさんくさそうに俺を睨んで一言「あんまりしつこいと警察呼びますよ!」と言いやがった。其処まで言われたら仕方がない。俺は彼女の手を離すと肩をすくめて立ち去る・・・フリをして彼女の後をつける。これじゃあ、プチストーカーだなと自分で思いつつ、あるビルの3階へと入って行く彼女をチェックする。
「カウンセリング・・・?あなたの悩みをお聞きします・・ふうん。」俺はにやっと笑ってその場を後にした。

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