カルテ1:縛る女24
「なおるのでしょうか・・・という質問ですが、逆にお聞きしましょう。皆さんはこういった心に負った傷を癒すのは簡単だと思われますか?心の傷は目に見える物ではありません。軽い症状だと思っていても実は酷く傷ついていたりすることは多くあります。
彼女の場合、俗にいうアダルトチルドレンの特徴を備えていると共に、本橋さんとは長く共依存の関係にもありました。一言で言ってしまうのは簡単ですが、こういった問題は1ヶ月入院していればなおるといったものではありません。数年、下手すると何十年も関わって行く事になる覚悟が必要です。
この件に関して、僕は嘘は言いません。簡単になおりますよとは口が裂けても言えないんですよ。こういった問題を抱えている方達と結婚して家庭を築いて行く事はある意味試練です。もしかしたら、良くなるかもしれません、ですが絶対とは言えません。
ですが、咲子さんの場合ご家族がこうやってちゃんと問題に向き合おうとしています。これは大きい事です。アダルトチルドレンになる方達の大半は家庭に問題があった人が多いですが、その多くは、それを認めてしまうのが怖い、または受け入れない家庭がほとんどです。
また実際に自分がそういった障害を持っている事を自覚していない人もたくさんいますからね。
ですが、きっかけは生まれました・・・。彼女の心の中にあるしこりを溶かしていく為には家族の協力が必要です。そして、藤堂さん、もしあなたが本当に彼女を愛しているのならば、それを一緒に見守りサポートして行く事になります。先ほどの答えですが、いつなおるか・・それは誰にもわかりません。彼女は自分の病気を自覚していますが、それが形を潜めるまでは、良くなったり悪くなったりを繰り返す事も十分に考えられます。
咲子さんの元彼・・というべきか、まあ本橋さんの事ですが、彼は幸い、カウンセリングを続けている中で随分と解放されつつあります。自分自身をもう一度見つめ直し、もう一度生活を取り戻そうとされています。彼は、こういった環境に置ける被害者ですが、もちろんそれには彼自身の問題もあります。彼自身、咲子さんのもっている負の部分に共鳴し、また引きずられる心の弱さがあった訳ですから・・・しかし、人間は多かれ少なかれ、みんなそういう部分をもっています。しかし、強くなるのも、弱くなるにも、それは私たち自身に委ねられています。」
しばらくの沈黙の後、藤堂氏が口を開いた。「お話はよくわかりました。確かにその通りだと思います。心の問題はそんな簡単なものでは無いですよね。僕も今の咲子とどうやって関係を保っていくのか、正直わかりません・・・。ですが、逃げ出したくもないと思っています。」
「藤堂さん、それは・・・」内田氏がおずおずと尋ねる。
「婚約は、一度白紙に戻します。ですが、僕自身もう一度本当の咲子さんを知るために一から付き合って行こうと思います・・・。」藤堂が意を決意したようにきっぱりという。
本当にいい男だ。これから考えられるであろう苦労をわかって、それを一緒に担おうとしている。内田咲子に男を見る目はあったと言う事か・・・。その後、男達4人で飲み会になった。私はお酒はそうたしなむ方ではないので、適当にあわせておく。
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時間を遡り、男達が酒盛りをはじめる前、2階の内田咲子の部屋でも事件は起っていた。
気遣うように娘を2階の元いた自分の部屋に連れて行く。
よろけるように、きちんとベットメーキングされたベットの上に二人で腰を下ろした。
内田美津子は黙って自分の娘を見つめた。
自分とよく似た、目元、口元・・・いつの間にこんなに大きくなっていたのだろうか・・。事実こんな近くでじっくりと娘を観察する事は長い間無かった。
罪悪感・・・それは、ここ数週間、美津子の中に芽生えた苦い苦しみ、そしてそれは子供達がまだ幼かった時、半ノイローゼ気味になりながら子育てをしていた時分の事を思い出す。
家にいなかった夫よりも、ずっと家にいて子供達の面倒を見て来た自分のほうが子供に様々な影響を与えて来たはずだった。私は怖かったのだ・・だんだんと自分に似てくる娘が。
自分の嫌な部分を鏡のように映し出す娘を見るのが嫌で遠ざけていた。美津子の目から大粒の涙が溢れ出した。ずっと握りしめていた娘の手に雫が落ちる。内田咲子は、そんな母親の手をぎゅっと握りしめた。