カルテ1:縛る女23
長い間言えなかった事を聞いてもらえた為か、涙に濡れた彼女の顔は意外にすっきりとしていた。
「咲子、すまなかったな・・・。謝って貰って許せる事ではないかもしれんが、これはわかっておいてくれ、儂らは何もお前を疎んでいた訳ではない・・。儂も長い間、お前と話をしていなかった分、お前になんといって言葉をかけてやれば良いのかわからんかった。忙しさにかまけてお前の気持ちを考えてやる事もできなかった・・・。」
「咲子、覚えてるか・・・小さい頃、田舎で二人で一緒に蛍を取りに行って帰りに迷子になったよな。お前ずっと俺の手を握りしめて不安そうに泣いていた。お前の事、ずっと守ってやらなきゃと思っていたのに、いつの間にかそんな頃の記憶も忘れて、お前に辛い思いをさせてしまった。おふくろがお前につらく当っているのも知ってて見ぬふりをしてきたんだ。お前が一度自殺騒ぎを起こして家を出て行ってから、俺はすごく後悔したよ。だからお前が藤堂さんを連れて来た時は本当に良かったと思ったんだ。俺たちが出来なかった分、この人はお前の事を幸せにしてくれるだろうって・・他人任せで格好悪いけどな。
親父達からお前の病気の事聞いて正直焦ったよ。お前をそんな風にしてしまったのは俺たちの責任だが、それでお前がやっと掴もうとした幸せを手放す事になったらどうしようかと・・。」
内田隆の言葉を藤堂氏が引き継いだ。
「お兄さんは僕のところにやって来て土下座されたんだよ・・・。ずっと隠しておく事は出来ないし、かといって咲子がこうなったのには全て自分達の責任だと仰ってね。僕も色々と初めて聞かされる真実にどう対応して良いかわからなかった。騙された・・・気分もしたしね。
でも同時に確かに僕が君の本質までちゃんと見ようとしていなかった事も事実だ。君の上辺だけを見て君の心の奥底にあるものを見ようとはしなかった。いや・・・見たくなかったのかもしれないが。今回、此処に来る事は僕もすごく悩んだよ。
婚約を取りやめるという事も考えたけど・・・君の事をちゃんと見ていなかったのは僕の責任でもあるからね。」藤堂氏はゆっくりと噛み締めるように内田咲子に言い聞かす。
「差し出がましいとは思いますが、藤堂さんは咲子さんとの事を白紙に戻そうと考えていらっしゃるのですか、それとも・・?」私は藤堂氏に問いかける。
「其処のところを、実は先生にお聞きしたいと思っていたのです。咲子を前にこんな事をいうのも何ですが、、咲子はなおるんですか?アダルトチルドレンやそういった依存症の事は僕なりに少し調べてみました。一口には言えない難しいものなんですよね・・・?」
核心をついて来た・・・。確かに藤堂氏にとっては結婚しようと思っていた女性の思わぬ姿を知らされ、悩んだのだろう。だが即、婚約を解消するのではなく、この場にやって来た事は高く評価しよう。誰にでも出来る事ではない。彼程の人間ならば、もっと相応しい相手を得る事は難しくはないだろう。私の返事次第でこの縁は壊れてしまうかもしれない。周りに緊張の糸が張り巡らされているのを感じる。特にひしひしと内田家からの視線を感じた。
内田咲子はずっと下を向いているままだ。この展開について行けてないのかもしれない。少し休ませた方が良いか・・。
私は内田美津子に目配せをする。彼女ははっと自分の娘に目を留め、そして気がついたように彼女の手を取ると部屋をでていった。バタンと扉が閉まり、階段を上がっていく音がする。彼女の部屋へと連れて行ったのだろう。男性陣は何も言わず大人しく母親に手を引かれていく内田咲子を見ていた。
「そうですね、では本題に入りましょうか・・・・。」私の言葉に緊張が走った。