カルテ1:縛る女22
ーーピンポーンーー
快活にベルの音が鳴り響く。今回はインターフォンで確認するまでもなく、ドアが開かれ、若い男性がこちらに向かって歩いて来た。
「兄さん・・・。」と内田咲子が呟いた。
確かに、写真で見た事のある顔と一致する。ではこれが、内田隆か。
彼は私たち二人を面白そうに一瞥すると、やおら咲子に向かって声をかけた。「この家でお前に会うのは久しぶりだな、咲子。お前はこの家を出てからは嫌って寄り付こうともしなかったからな・・・。まあ、上がれよ。お前の部屋も親父が手を付けずにそのままにしてあるんだ。」
「お父さんが・・?そう・・なの?」
私たちは彼の後をついて、以前訪れた応接間へと導かれる。其処には内田咲子の家族ともう一人見知らぬ男性・・・いや、何処かで見た事がある・・。誰だ?突如隣で息を飲む音が聞こえた。
「藤・・堂・・さん・・・」
内田咲子のつぶやきにはっとする。そうだ、何処かで見たと思えば、彼女の部屋で仲良さげに腕を組んで映っていた写真の男性、藤堂氏だった。
「何故・・?」唖然とした顔で呟く彼女に、兄の隆の声が響いた。「俺が呼んだんだ。」
ちらっと隣を様子見る。彼女が混乱しているのが見えた。彼女の兄、隆はいったい何を考えているのだろうか。
「藤堂さんも、将来俺たちの家族になる・・かもしれないんだ。もし、お前が本当に彼と結婚するならば、俺たちの家族の事もちゃんと知っておいてもらわなければならない。お前には内緒で藤堂さんと合い、今回の席に呼んだんだ。」
なるほど・・・確かにそれは一理ある。だが、まだ彼女の中では、元彼の本橋さんとの決着もまだついていない。少し性急すぎるのではないかと危ぶむ。
藤堂氏が口を開いた。「咲子さん。お兄さんからはある程度の事情は聞いています。ショックでなかった・・といえば嘘になるけど、これからの僕たちの将来の事もきちんと考えた上で、今日此処に来させてもらったんだ。渡部さん・・でしたか、、突然のことで驚かれたかと思いますが、よろしくお願い致します。」
藤堂氏と目があった。彼は私に向かってゆっくりと頭を下げた。なるほど・・もったいないぐらいの良い男だ。誠実そうで好感が持てる。
「いえ、こちらこそ・・・。よろしくお願いします。藤堂さん。」
内田咲子はまだ硬直したように突っ立ったままだ。そんな彼女をいたわるように母親がおずおずと肩に手を回す。内田咲子の小さな肩がびくっと震えた。今までそういったスキンシップを一切してこなかったのだ、無理も無い。
彼女は脅えた様な目で母親を見る。その視線に何か感じるものがあったのか、内田美津子はゆっくりと目を閉じた。
「ここで、こうやって皆突っ立っていても仕方が無い。どうぞこちらに来て座って下さい。さあ、、咲子も・・。」
一家の主人でもある内田氏が皆を座らせた。奥さんがお茶のカップを運んで来た。
椅子に座ったところで、藤堂氏が口を開く。「先生には、咲子や妻の事で、色々と世話になっています。お恥ずかしい事だが、先生が仰られた通り、私たちは一つの家族としてのあり方を間違ってきたと感じています。咲子が・・・こんな状態になったのも、儂らの責任です。
藤堂さんにも、本当に申し訳なく思っとります。」そういって内田氏と美津子は私たちに頭を下げた。
内田咲子は何か信じられない物を見るかのように目の前にいる両親を眺めていた。
「・・いまさらっ、いまさら何だって言うのよ!ずっと私の事なんて見ていなかったくせに!私が何をしようが、私の事なんてっ・・・つッ・・」涙と共に嗚咽が混じる。私は暫く彼女が言いたい事をそのまま言わせておく。家族は受け止めなければいけない。これは彼女が長年心に溜めて来た思いなのだ。
内田の家族はそれぞれ悲痛な面持ちで自分達の家族、そして妹の罵倒を受け止めていた。藤堂氏は気遣わしげに、内田咲子の背中をなぜている。兄から事情を聞いたと言っていた。という事は両親から兄へ、兄から藤堂氏へと本橋さんの事も聞いているのだろう。よほど彼女を愛しているのか、それとも・・
「もうその辺で気が済んだのではないですか、咲子さん。」私は子供のように泣きじゃくる彼女にゆっくりと声をかける。