カルテ1:縛る女16
「これは・・・貰い物です。」内田が答える。
「ほう、そうなんですか。うらやましいですね、そんな高価そうな物を頂けるなんて。さしずめ送り主はお付き合いなさっている藤堂さんですか?」
「別にいいでしょう?誰だって・・・変な詮索しないで下さい。」
「いえいえ、詮索だなんて、純粋な好奇心ですよ。こういう仕事についているぐらいですから、色んな事に興味があるんです。」私は努めて明るく笑う。
「内田さんは、たしかご兄弟が一人いらっしゃいましたよね。お兄さんとは仲は宜しいんですか?」資料によると、内田咲子には2才歳の離れた兄が一人いて、現在も両親と同居をしている。実家からの方が内田の努めている会社に近いぐらいだが、彼女一人アパートを借りて住んでいる。
「別に・・普通よ。」普通とはいったいどういう事を言うのだろう・・・?
「そうですか。内田さん一人だけアパートを借りて住まわれているんですよね。やはり御結婚されたら、今のアパートは引き払うおつもりなんですか?」
「ええ・・彼が都内に新しくマンションを購入したから来月そちらに移る予定なの。」
「では、お仕事も辞めてしまわれるんですか?」
「彼は仕事なんてしなくったって、私が家にいてくれるだけで良いって言ってるの。私も別に続けたい仕事でも何でもないし、ストレスが減って清々するぐらいよ。」
「もったい無いですね。せっかくキャリアを積んで来られたのに・・・。」
内田咲子は先ほどとは打って変わって馬鹿にしたように私を見て言った。「ご存知ないんですか?最近では、共働きしないとやって行けない家庭の方が多いぐらいですよ。藤堂さんは、若くしてベンチャー企業で成功した人です。別に私が働こうが働かまいが関係ありません。今の時代の女性達にとって「働かない」事はステータスなんですよ。」
なるほど、つまり言い換えれば、それはお金が全てだと言っているような物だ。昨日写真で見た人の良さそうな男の顔が脳裏に浮かぶ。なんだか可哀想になってきた・・。
「そうですか、それは羨ましいお話ですね。」と取り合えず話をあわせておく。すると彼女は益々勝ち誇った顔つきで話はじめた。
「ふふ、私が彼を両親と兄に紹介した時の顔、見せて上げたかったわ。いつもいつも、私と兄を比べてきた馬鹿な両親達の顔。都内の高級料亭を借り切って結納したのよ。兄さんなんて藤堂さんを前にへいこらして可笑しかったわ。そりゃそうよね、藤堂さんは兄さんなんかよりよっぽど学歴も収入もあるんだから。」
彼女の口ぶりから、彼女が持っている家族へのコンプレックスが見え隠れする。藤堂という男はよっぽど彼女のコンプレックスを補って余る程のものを持ち合わせているのだろう。確かにそんな彼を彼女が逃すはずはない。まさにカモだ。
「・・それでは尚の事、本橋さんとは、きちんとお別れになった方が宜しいんじゃないですか?昨晩の様な事は双方にとってメリットも何もあった物ではないですしね。」私はさらっと最初の話題を切り出した。
「昨日の事は・・・たまたまよ。ちょっと飲み過ぎて・・。」
飲み過ぎて、藤堂ではなく、本橋を呼びつけるところが流石というか、何と言うか・・・。片方の男には自分の弱さをさらけ出して縛り付け、もう片方には良い面だけを見せている。
「以前、リストカットされた事があるそうですね・・・本橋さんからお聞きしました。それで昨晩も、本橋さん、血相変えてあなたのところへ向かわれましたよ。」
彼女はびくっと肩を震わすと、片手でもう一方の手首を隠すように握りしめた。