カルテ1:縛る女15

その日は時間が経つのがやけに早かった。午前中に二人のクライアントと会い、軽く昼食を済ませた後、急に眠気が襲ってきた。多少仮眠を取ると頭が冴えるかもしれない。私は隣の部屋へドア越しに顔を出すと三村君に30分程仮眠を取る胸を伝えた。
彼女が頷く。「では、30分後に起こしますね。その頃にコーヒーを入れておきますから・・。」
ありがたい。三村くんのコーヒーはかなり苦いが抜群に目が覚める。普段ならミルクを入れないと後で胃が痛くなってしまうのだが・・・。応接室のソファーに足を伸ばして横になるとすぐに深い眠りについた。

「・・・センセ、起きて下さい。センセ・・・」
「ん・・・」
「センセ、またお客さんが来てます。大丈夫ですか?起きて下さい。」
「ふわぁ・・客・・って誰?」あくびを噛み殺しつつ身を起こす。「内田咲子さんです。昨晩のお詫びにと菓子詰めを持っていらしてますが・・」
三村君の言葉に一気に目が覚める。「内田さんが?」私は手早く衣服の乱れをなおすとテーブルの上に置いてある眼鏡をかけた。普段はコンタクトの方が多いのだが、今日は朝から目が疲れていたので眼鏡にしたのだ。

用意が整うと、内田咲子が部屋に入ってきた。彼女は三村君に促されて、ソファーに腰掛けた。下を向いているので表情はよくわからない。
内田がおずおずと口を開いた。「あの・・・昨晩は・・みっともないところをお見せしてしまって・・・申し訳ありませんでした。これ、つまらないものですが、受け取って下さい。」と彼女は私に某有名菓子店の袋を差し出した。私が昨晩一緒に彼女のアパートに赴いた事を本橋さんから聞いたのだろう。ばつの悪そうな表情だ。
私は彼女を警戒させないように出来るだけ穏やかに言った。「いえ、気になさらないで下さい。それよりも体の方は大丈夫ですか?昨晩、かなり飲まれていた様ですが・・。」

うつむき加減の彼女の顔がパッと赤くなる。「いえ、本当にもう・・大丈夫ですから。」酒は強い方なのだろう、しかしあれだけ飲んだらいくら強くても悪酔いしそうだ。
「何か・・あったんですか?私で宜しければご相談に乗りますよ?」
彼女は驚いたように顔を上げた、が、尚気まずそうに、目をしばたかせている。私に何と答えて良いか考えているのだろう。

「先生・・私が嘘をついてた事、もう知っていらっしゃるんでしょう・・?」軽く私を睨むように内田がゆっくりと口を開いた。

「嘘・・・とおっしゃいますと、、どの部分の事を言ってらっしゃるんですか?」
内田咲子はぐっと言葉に詰まる。「・・・。先生にはきっと私の事なんて分かりはしないんでしょうね。」分かる、分からないといった問題でもないが私はあえて何も言わず目線だけで続きを促す。
「だから、、私と亮太の事です。ーーーまさか昨晩、先生が一緒に来られていたなんて思いもしませんでした・・。」
そうでしょうね・・と私は軽く相づちを打つ。「それで内田さん、もう一度依頼の件を確認したいのですが、あなたは本当に本橋さんとすっきりお別れになられたい・・んですよね?」

「・・それはそうですけど・・。でもやっぱり、亮太は私の事を必要だと言ってくれてるし・・」私は彼女の言葉を遮って聞いた。
「ちょっと待って下さい、内田さん、あなた藤堂さんという男性と結婚を前提にお付き合いされているんですよね? それなのに、本橋さんもきっぱり捨てられない・・と言うなら立派な二股ですよ。よしんば結婚していたら不倫です。」

「そ、そんなことは言ってないじゃないですか?!私は別に二股なんて・・・」
「かけてないと・・?あなたは最初にここに来られた時におっしゃいましたよね。別れた男性からストーカー被害を受けている、怖い、気持ち悪いと・・。でも実際に本橋さんを縛り付けているのはあなたですよね・・?」

「な、なによ!私が悪いっていうの?!」彼女はヒステリックに叫んだ。
悪いもなにも、彼女が元凶だと思うのだが、そういっては余計に火に油を注ぐだけだ。こういうタイプは是が非でも自分を正当化しようとする。様子をみて落ち着かせてゆっくりと話して行くのがベストだ。
「落ち着いて下さい、内田さん。ただ、私は本当の事が知りたいのです。もう一度、ちゃんとお聞かせ願いますか?あなたの事を。」

「私の事ってどういう意味ですか?何を話せと?」
「そのままの意味です。まずはあなたの事を聞かせて下さい。なんでもいいですよ。好きな食べ物とか、例えば、そのお持ちになっているバックはどこかのブランド品ですよね?それが好きなんですか?」

「エ・・?これ?これは・・・エルメスの。」彼女は戸惑うように答える。
「はあ、それエルメスって言うんですか?そういうのお好きなんですね?昨晩ちらっとお宅を拝見させてもらったときにそういった類いのものがいっぱいあったので、好きなのかと思いまして。女性は皆そういった装飾具が好きなんでしょうね〜。ご自分でお買いになったんですか?」

 

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