カルテ1:縛る女13

「咲子!」「内田さん!」二人同時に声を上げて室内に入った。
最初に目に飛び込んで来たのは雑多とした部屋の中に横たわる彼女の姿・・と部屋に充満する酒の匂いだった。
「咲子、咲子?」本橋さんが内田さんを揺さぶる。
「ちょっと待って下さい。」私は本橋さんを押しとどめ、彼女の腕をとって脈拍を確認し目蓋を押し広げたりしながら体の異常をチェックする。
「・・大丈夫です。お酒の飲み過ぎで爆睡しているだけですね。この分じゃ明日の朝まで目覚めませんよ。とりあえず、換気に窓を開けて下さい。ひどい匂いだ。」本橋は頷くとそのまま彼女を横たえたまま窓を開けに行く。

実際部屋の中はひどい状態だった。1LDKの部屋をぐるっと見回す。およそ淑女の部屋とは思えない有様である。台所には買ってきた総菜などが食べ散らかしたまま置いてあり、床にはかなりの数のビール瓶やワインボトルが転がっている。

部屋にはよくわからないが、ブランド品らしきバックや洋服が積み上げられてある。収納べたなのか、ただ単にずぼらなのかは判断がつかない。私は、ベットから薄手の毛布を引き出すと彼女の体の上にかけてやった。何と言っても夜はまだ肌寒い。風邪を引いたら大変だ。

本橋が戻ってくると、ペタリと床に座り込んだ。「良かった・・・咲子・・。」
「あなたに電話やメールをしていた時から飲んでたんでしょうね、この量を見ると・・下手したら急性アルコール中毒ですよ。でもまあ、無事で良かったです。」時計を見るとそろそろ午前2時前だ。安心したら急にあくびがでてきた。

「すみません、先生。こんな事にまで巻き込んでしまって・・。」本橋が申し訳なさそうに頭を下げた。
「気にしないでくださいと言ったでしょう。自慢にはなりませんが、こういう状況には慣れているので大丈夫ですよ。それよりも、あなたの方は大丈夫ですか?」本橋の顔には疲労の色が伺える。改めてまじまじと見ると睡眠が足りていないのか目の下にも真っ黒なクマを作っている。
「ぼ・・僕は大丈夫です。心配をおかけしてすみません。」

それにしても・・と私はもう一度部屋の中を見回す。「なんというか、ひどい有様ですね。いつもこんな感じなんですか?」

「咲子は掃除が苦手なんです。最初僕たちが付き合い始めた頃に来た時はそれでも綺麗にしてましたけどね・・。」
小さなテレビが置いてある棚の上には写真立てが一つおいてあった。本橋ではない別の男と腕を組んで寄り添っている写真だ。これが彼女が言っていた藤堂という男だろうか。短く刈りそろえた髪に日焼けした人の良さそうな好青年に見える。体つきも良さそうだ。
藤堂という人は彼女のこういった一面を知っているのだろうか・・?こういった女性達は人目を気にするタイプも多く、外面は普通以上に取り繕っているものも多い。
よっぽどでなければ、この部屋に一歩踏み入れただけで、引いてしまうだろう。まあ、人が尋ねてくる時にはちゃんとしているのかも知れないが・・・。

テーブルの上にはアロマセラピーの蝋燭や小物といった女性らしいものも沢山置かれている。だが本橋の前で、彼女は自分を取り繕っているようには見えない。他の男と結婚するつもりなのに、本橋の事は自分をぶつけられる相手として確保しときたいのか・・・。最初に彼女にあって話をした時に、警察に通報しては?と進めた時の彼女の微妙な反応の意味が分かった。届けられるはずがない・・・実際に彼を縛り付けているのは内田咲子の方だ。

彼女とはじっくりと話をしてみる必要がありそうだ。本橋さん以上に・・・。
「先生、送っていきます。」手早く散らかった酒瓶などを片付けて本橋が言った。窓を閉め、玄関までくると、鍵はどうするのか・・と思ったが合鍵のある場所を知っていると彼が鍵を取り出し、戸締まりしてまた鍵を元の場所に戻した。

益々不可解な状況だ。普通ならば、ストーカー被害を受けているという女性が、合鍵の場所も変えずにおいておくはずがない。彼女の言動と行動にはあまりにも不一致な点が多すぎる。
が、もしこれが本当にある種の"病気"の場合、いくら常人が理の叶った事を説明しようが、相手には一向に話が通じない事も珍しくない。自分を常人だと思い込んでいる人間にその『異常性』を認識させるのはそれこそ神業だ。まあ、だからこそ病気なのだろうが・・・。

結局自分のアパートについたのは午前3時頃、私はもう一度つかの間の睡眠を取るためベットに潜り込んだ。

 

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