カルテ1:縛る女12

それから3日後の深夜12時頃、枕もとに置いてある携帯がなった。幾度目かのリング音で私は起き出し、携帯を取った。事務所から送られてくる緊急用のコールだった。
誰からだろう? 「もしもし・・?」
「ーーー。」何も返答がない。悪戯電話だろうか?「もしもし?渡部ですが、どなたですか?」私はもう一度携帯に向かって問いかける。
「ーーーあ、あの、、本橋です。」
「本橋さん?いったいどうなさったんですか・・・?」
「あ、あの、それが、先ほど咲子から何度も電話があって、僕、先生に言われた通り、電話を取らないようにしてたんです。メールも何通も入ってきて・・・・それでもできるだけ返信しないようにって・・そしたら、咲子のメールにもし今直ぐ来れないんなら死んでやるって書いてきて。僕、どうしていいか分からなくて・・・先生、僕どうすれば良いんですか?!」

私は目をこすると、時計の針を確認する。12時20分を少し回ったところだった。「おちついて下さい、本橋さん、今どこにいますか?」
「咲子のアパートに行こうと思って、今車を出したところです。」
確か内田さんのお宅は僕が住んでいる場所より、三駅向こうだったはず・・私は初回、彼女が来た時に書いてもらった住所を思い出す。「本橋さん、行き道に私を拾って行って下さい。住所は・・・。」手早く住所を伝えると、携帯を切って、ベット脇のランプを付ける。

顔を洗い、服を切ると、鍵を閉めて外へでた。初夏とは言え、まだ深夜は肌寒い。暫く待ってると、本橋の車がやってきた。私は素早く助手席に乗り込むと、彼は車を発車させた。
「すみません、先生・・・こんな遅くに・・。」
「気にしないで下さい。それよりも、内田さんからのこういった電話やメールは初めてですか?」私はシートベルトを閉めながら本橋に尋ねる。

「いえ・・実は今までも何度か・・・。」
「そのお話は、先週お聞きしていませんでしたね。」私は確認する。
「は、はい・・・。最近はあまりなかったですから・・・。」
「・・・理由はご存知ですか?彼女のアパートにつくまでの間、今まであった事を話して下さい。」

本橋は車の運転をしながら話だした。「大概は、狂言なんです・・・。なにか会社で嫌な事があったり、精神的に落ち込んでたりすると、今までにも何回か自殺するって騒ぎ立てた事があって、でもそうすると僕が大体すぐに駆けつけて、色々と話を聞いてやったりすると落ち着いてましたが、実際に1回だけ手首を切って救急車で運ばれた事もあるから・・・今回ももしそうだったらと思って。」

「つまり、精神的にストレスを受けた時にこういう事があるということですね。他に何か原因を知ってますか?」

「いえ、、新しい男性と付き合いだしてからの事はあまり僕も知らないんです。たまに会ってくれてもいつも比較ばかりされてましたし・・。あ、でも昔、よく理由は知らないんですけど、咲子が一人暮らしを始めた頃、両親と大喧嘩して、その時も親の前で死んでやるってロープ持ち出して、必死で止めた事がありました。」

「そうですか・・・。」私は腕を組んだまましばらく無言で考える。その間も車はスムーズに走っていた。
「もうそろそろつきます。」本橋の声でハッと顔を上げる。
「あそこに見えるアパートです。」
言われた方向に目を向けると『ブルーハイツ 中野』と書かれた看板が見えた。車を路肩に駐車させると私は本橋の後をついて階段を駆け上がる。「3階の右端の部屋です!」そういって本橋は一足早く部屋にたどりつくとドアを激しくノックした。

万が一・・・ということもある。この際近所迷惑は考えてられない。
「開いてる!」そういって本橋はドアを開けた。

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