85話:竜の一族2

「ふん・・、なるほどな。」
キルケはゆっくりと呪文を唱えながら陣を指でなぞって行く。陣の上から新しい魔法陣を描く事で、力を相殺させようとしているのだろう。やがて青い光と共に固く閉ざされていた1枚めの扉が開いた。
「以前・・ここへ来た時、この奥の二つの扉は流石の俺でも骨を折るぐらいの強固な陣が描かれてあったが、あれは竜の目覚めと共に消えたのだろう。あれが残っていればこの扉が開いたとて易々と侵入は出来なかったろうに。それにしても雑な魔法陣だ・・。」扉の奥のそのまた奥へと続く二つの門は大きく開け放たれたままのようだった。

「あの二つの門は私たちではなく、このユフテスの王祖の一人が残したものと伝えられています。おそらくは竜に1000年の眠りを施した彼の王子でしょう。私は、この部屋の先へは入った事がないので詳しい事は兄上から聞いた事以上は知らないのですが。」ゴクリとオースティンは喉を鳴らす。奥に竜がいない事は分かっているのだが、この部屋に入ってきてから何故だか重く息苦しい空気が己にまとわりつく。

「お前は、竜を見た事があるのか?」
「え?いいえ。僕はこの部屋の奥へ渡る許可は与えられていませんから。ただ、・・兄から聞いた話ではとても誇り高い・・、白銀の鱗とルビーの瞳をもつ美しい竜だと聞いています。」
「そうか・・。まあ良い、少しここで待っていてくれ。すぐに戻るから。」嫌とは言わせない強い瞳に気圧され、オースティンはゆっくりと頷いた。

キルケはオースティンを残したままゆっくりと、2つめの扉をくぐり抜けると小さな部屋の中に入りそこからもう一つ奥へと続く扉を前に立ち止まる。忘れもしない懐かしい・・気配が主の居ない部屋を満たしていた。注意深く周りを見回しながらため息をつく。本来ならば誇り高き聖なる一族の時期長とまで言われていた彼がこんなところで人の為に惨めに一生を終えるつもりだったのかと今更ながら怒りが湧いてくる。それにしてもいくら目覚めたばかりで弱っているとは言え、彼が何もせずやすやすと連れ去られたとは考えにくい。

部屋の中央まできて床を探っていくと、1枚の白銀に輝く鱗を見つける。キルケはそれを拾い上げると顔をしかめた。鱗のかけらから本来の持ち主の気をより近く感じとる。大分消耗しているようだ。それにこの波動・・転生の術を行う為には術をかけられる者にも負担がかかる為、あまりに消耗が激しいと失敗することも大いにあり得る。その部分はミルセディに頼めば一時的に体力をバックアップさせるような栄養促進剤を飲ませる事でなんとかなるだろう。しかし・・

ーーーよいか、キルケよ。一度人を喰らった竜は人形(じんけい)を取る事がままならぬ。ふむ、不思議な事だが、それが同じ知的生物である人間を喰らった事の呪いなのか何なのか、これについてはミルセディが長く研究をしておるが、まだ詳細は分からぬ。第一我が一族は人とはなるべく関係を持たぬようにして来たからのう・・。お前も知る通りよほどの理由が無ければ、人を喰らう事は我が一族の中でも禁忌とされてきた。それは、肉を喰らった者は血の契約により人に縛られるばかりか徐々に理性を無くして行き、最終的には、知性をもたぬ獣のように見境無く肉を喰らい続けるようになるからじゃ。それらの者は同族の手により、密かに葬られてきた。その中でもアルファスは、信じられない程長く自我を保ち続けている方だが・・。だがあやつもそろそろ限界が近づいているようじゃ。一刻も早くアルファスを・・・でなければ手遅れになるぞ・・・?ーーー

ジークフォルン、あの男ならほどなくアルファスの居所を見つけ出すだろう、しかし、彼が自我を失って来ているのであれば・・もう時間がない。握りしめた拳の中で鱗は砂のように崩れ落ちた。そのとき、先ほどまでは感じていなかった一つの気配にキルケはゆっくりと振り向いた。
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背後でパタンと扉の閉まる音がした。はっと顔を上げ後ろを振り向くと其処には最近よく見かける祭司見習いの男が薄ら笑いを浮かべながら立っていた。

「・・ここへは誰も入ってこれないはずだったのですが、一体どうやって入って来たのです?王子・・・。」くぐもった声で問いかけながら近づいてくる。
「それはこちらの台詞だ。祭司長についているはずの神官がこんなところで何をしている?」最悪の答えを予想しながら僕は目の前の男を睨みつけた。
「ふふ、その顔だと、別に私の答えを聞かなくても分かっているんじゃないですか?困るんですよね・・こちらも色々とやらないと行けない事が沢山あるって言うのに・・」男は飄々とした態度でじりじりと歩幅を詰めてくる。
「お前がグランディスの者を手引きしたのか?」オースティン自身もゆっくりと後ろへ後退しながら続けて問いただす。

「くくっ、何の事を仰っているのやら・・・あなた自身もそのグランディスの血を引くものだというのに。さあ、それよりもどうやってここへ来られたのか教えてもらえますか?あなたにあの魔法陣を解く様な能力は無いはず・・・」

「あの雑な魔法陣はお前が描いたのか?」そのとき、第三者の声が二人の間に入り込んだ。

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