84話:竜の一族1
キルケとオースティンは共に城の地下へと向かって歩いていた。
「キルケ・・さんと言いましたか?城の地下でいったい何を調べようとしているんです?」
「ウン・・・?まあ、色々だ。どうやって転移を行ったのか、侵入経路などを調べたい。」本当の目的はそれではないがと心の中で付け足す。
「あなたが・・・?」オースティンは金色の幼い少女を見つめる。ここ、ユフテスは、もともと魔術師は多い。魔術師達が見た目通りの年ではない事は知っている。このキルケという者は言葉使いや態度を見れば見た目通りの子供ではないと思うが、ふとした時に幼い弟妹達と重なって見える事もあるのだ。自分も魔術をたしなむ端くれとして、キルケのもつ潜在魔力の高さは底知れぬものを感じているのだが、色々と引っかかる所も多い。
「そういえば、キルケさんはあのジークフォルンという商人とは長い付き合いなのですか?」少しでも情報収集をと思い釜をかけて尋ねてみたが、それに対して少女はおもいきり嫌そうな表情で答えた。
「長い付き合い・・・そうだな。まあ、あいつの商人としての腕は一流だから・・。」
やはり・・長い付き合いという事は彼女が見た目通りの年ではないということだろう。にしても、言い方が少し気にかかる。「・・・彼は本当は商人ではないのではないですか?以前・・私はこの王宮の中庭で彼に会った事がありますが、何故かすべてを知られているような不思議な感覚に陥りました。只の商人とはとても思えません。彼はユフテスの内情をよく知りすぎている・・それにあなたも・・・・。」
キルケは少し眉を上げて自分の手を引くまだ若い王子に目を注ぐ。
「疑っているのか?」
「・・わかりません。あの姫が仰られたように、私もあなた達に何か悪意があるとは思わないですが、何か重大な事を隠しているようにも見受けられます。」兄上が一計を立て、古本に記されていた魔法術を成功させるために、わざと一時期この城の地下に他国の密偵を入れた事があったが、その時に来たのはきっとこのキルケなのだろうと読んでいた。
キルケは立ち止まり繋いでいた手を振りほどくと、ふっと笑ってオースティンをるように立ちはだかった。「若いな・・お前は。だがジェラルドの腰巾着とは違ってなかなか見所がありそうだ。お前の知りたい事はそう遠くない時期に明らかになるだろう。だがあまり時を急ぐな。ゆっくりとお前は自分の成すべき事を見極めて行くがいい。」
オースティンは少女が纏う覇気ともつかぬオーラに圧倒されたように目を見開いて少女を見つめる。暫く息をする事も忘れたかのように気を張りつめていたが、キルケが先頭に立って動き始めると全身から冷や汗が流れ出た。やはりキルケはこの王宮の事を良く知っているのだろう、道を違う事なく、地下へと続く階段へとやってきた。
地下への階段の入り口には兵が二人立っている。私たちが近づくと気がついたように敬礼したが、そのうちの一人が声をかける。
「殿下、その方は?」
「・・兄上の大切な客人だ。地下で起った不祥事を調べる為に呼ばれた魔術師だ。」
「この子供が・・?」と言いかけてあわてて兵の一人が口を塞ぐ。ギロリとキルケに睨まれたからだ。
「し、しかし、暫くの間、地下への門は何人たりとも通してはならぬとの王の達しがあります。王子と言えども、見ず知らずの魔術師と共にこの地下へと通す訳には行きません。」
キルケは小さく舌打ちすると、いきなり、兵の前でお腹を押さえてしゃがみ込んだ。
かぼそい声で少女から「お腹が痛い・・・」との声を聞いた兵の一人が彼女を助けおこそうとしゃがむ。その瞬間少女の金の瞳と出くわした。一瞬のうちに魔法でもかけられたように兵士は立ち上がるとおもむろにもう一人の兵士を羽交い締めにする。
吃驚したもう一人の兵士が暴れだす前にまた、キルケはその兵士を見つめつつ言霊を紡ぐ。
「この扉から地下へ続く門には誰も通らなかった・・・よいな?」 「・・・はい。」熱に浮かされたように二人が呟き、一人が門の鍵を開ける。
後ろを振り返り、キルケはオースティンに声をかけた。「行くぞ」
あざやかなまでの一瞬の出来事に唖然としていた王子を引き連れ、二人は地下へと続く扉の奥へと身を滑らせた。後ろでギギギッと扉が閉まる音がする。
暗い階段を一歩づつ降りて行くと、やや明るめの大きな広間のような場所へと辿り着く。王家の一員であるオースティンですら、ここへは数える程しか来た事はない。広間には、またその奥へと続く扉がある。ここから3つの扉の先に竜は眠っていたはずだった。
先ほどのキルケにしてもそうだが、グランディスの手の者もこうやって監視をすり抜け竜を連れ去ったのだろうか。竜のいる3つの扉にはかなり強固な魔法がかかっており、魔術師であってもおいそれと扉を開ける事は叶わないはずだったのだが・・。
扉をじっと見ていたキルケがふと笑みを浮かべ指を指した。「魔法陣のあの辺り、かなり気が緩んでいるようだ。以前ここを訪れた時にはこんなちゃちな守護陣では無かったがな・・この扉の魔法陣を描いた奴は一体誰だ?」
「・・・魔法陣の管轄はすべて、魔術師長様が、でも確か・・数日前に竜の生け贄の儀式の事で祭司長様のお弟子さん達が何名か出入りをしていました。」