66話:企み
「確かに、あの術の施行にはかなり大きなリスクを伴う事は承知の上です。それでも・・わずかでも可能性があるのならば、私はそれに賭けたいのです。」
ーー我もこれ以上贄を喰らって浅ましく生きたくはない。もし失敗した際には迷わず我を切り捨てるといい。
カイルは黙って気高い竜に尊敬の念を込めて礼をするとその場を退出した。
ーーもし・・・我がこの地上で朽ち果てたなら、あれは約束が違うと怒るだろうか・・・。いや、もう忘れ去ってしまったかもしれぬ・・・。
白い竜はもう一度静かに目を閉じた。長い眠りから醒めたものの、体力はこれ以上無いまでに衰えていた。空腹などといえる状況ではない・・それは飢餓だ。もし竜が自分をきつく戒め、意思を強くもっていなければ、カイルを喰らっていたかもしれない・・・。それほどまでの極限状態だが、その竜はある種の高揚感を覚えていた。
ーーバル・・もうすぐ貴方に会えるだろうか?貴方は今の私のこんな姿を見て何と言うだろう・・?もうすぐ私の永かった生も終わりを告げようとしているのか・・・
そして彼は今一度短い眠りの中へと引き込まれて行った。
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その頃、ユフテスに幕屋を張って待機しているグランディスにも新たな情報が入った。
「何?竜が目覚めたと・・・?ふふふ、そうか、ご苦労であったな、ジルベスター。」
「いえ・・・それよりも、この情報をイルディアス将軍にはお伝えにならないのですか?宰相閣下・・・?」
「ふん・・・。すぐに動く必要ないだろう。あやつは所詮幼い皇帝に尻尾を振っているだけの犬に過ぎん。竜を手に入れるに相応しいのはこの私だ!私こそが真のグランディスの帝王として相応しい・・。そうは思わぬか?ジルベスターよ。」
「御意・・、誠に真の主として相応しいのはザイール閣下でございます。」
「そうだろう、そうだろう・・。それにしてもその竜は現在どうなっておるのだ?」
「城に忍ばせている密偵からの情報によると、王はすでに生け贄の儀式の準備をはじめているとの事、近日中に儀式を執り行うのでしょう。眠りから覚めたばかりの竜は、とても腹をすかしているでしょうからな・・・。ここは、その儀式とやらを済ませてからの行動でも遅くはないでしょう。どうやらその贄は特別な力をもっておるそうですじゃ。それを喰らう事により、また竜は永きに渡って国を守護すると・・・。」
「なるほど・・・その為の生け贄か。くくっ、贄というのであれば、あの皇帝を忌々しいイルディアス共々喰わせてしまえば良いではないか。ははははは・・そういえば、、お前が使っていた情報屋、どうやらイルアディスとも内々に通じておるみたいだな?」
「あやつの持ってくる情報は正確かつ、有益なものが多いのですが、、何せんあの性格で何を考えているのか検討がつきません。イルディアス将軍は奴に近隣の国の動きなどを探らせておった様ですが・・気にするほどの事も無いでしょう。もし、ご心配なら、始末しておきましょうか・・・?」
「ふん・・まあその件についてはそちに処分を任せよう。この機会に、皇帝とあのイルディアスを片付けて竜とこの国を手に入れようぞ・・。わかっておるだろうな?あの二人は他国の守り神とされている竜を手に入れんとするが、あえなく討伐されて死ぬのだ。そこで私が、主君の敵と称してユフテスに攻め入り竜を略奪すると同時にこの国をも手に入れる・・・。この国の国境付近に配備させてある兵の数は十分に足りていような・・?」
「もちろんでございます。丁度この国の王子の誕生日に合わせ、近隣諸国より多くの者達が来ているため、警備も手が回らず手薄になっている様子、今が絶好の好機でしょう。
竜の方は、この私めが編み出した術で大人しくさせましょう・・・。」
「本当に竜の方はお前に任せて大丈夫なのだろうな・・・?」
「お任せ下さい。いくら伝説の竜であろうとも、私の惑わしの術には敵いませぬ。あのフィクサーも今は大人しく皇帝に懐いておりまする。部下の魔術師にしつけさせておりましたが、どうにもまだまだ未熟者でしてな・・・結局私が躾けた次第にございます。」
「そうか・・・。面白い、いよいよ楽しみになって来たぞ・・」