65話:白き竜
その知らせは唐突にやってきた。「カイル王子、花が・・月下草の花が咲きましたぞ!」
先ほどまで座っていた椅子がガランと音を立てて床に倒れた。「それは・・本当か?もう花が咲いてしまったのか?では伝説の竜が目覚めたと?」
「いえ、意識は戻って来ている様ですが、まだ半分夢を見ている様な、つまりまだ半覚醒の状態ですが、先ほど遠隔魔法で確認したところ、うっすらと瞳を開いたところが確認されています。どうされますか、王子・・。」宮廷魔法師長がいう。
「くそっ、思ったよりも目覚めが早かったな・・・。ジェラルドたちもまだ到着していない。父上達はどうしている?」
「先ほど、ご報告に上がりました。儀式の用意を進められております。」
「そうか・・・儀式には様々な手順があると聞いている。実際に贄を捧げるまでにはもう少し時間があるな。先日頼んだ手はずはどうなっている?」
「それの事なのですが・・・やはり、先代の構築された魔法陣を使って彼の体に備蓄されているエネルギーを変換し、竜に移す為には術者にも相当な負担がかかります。表立って動く事が出来ない上、只でさえ複雑な魔法式を使うにはリスクが大きすぎるかと・・・。」
「わかっている!しかし・・それしか方法はないのだ。ジェラルドがあのメッセージに気がついてくれていた事が救いか・・・。この国の中では動きがとれない上あまりにも人手が足りないからな。あと2〜3人でも優秀な術師が欲しい。それか1人でもそれを補えるほどの魔力を持った人間・・・」カイルはため息をついて魔術師長へ伝える。
「それでも、前に言った通り、準備は進めておいてくれ、いつでも始められるように・・」
「わかりました。」魔術師長は一礼してカイルの部屋を出て行った。
カイルは倒れた椅子を元に戻すと、そのまま窓辺に行って窓を開けた。生暖かい風がカイルの頬をなぜた。
ーーー我が祖先ながら、見事な魔法陣の構築だとは思う・・・だが、それを行う事のできる術者がいなければ話にならない。この術を行う為には4つの要素が必要となってくる。
まずは第一段階、贄の体から核となる魔力を吸い上げる、そして二段階、トランスフォーム、それを地に満ちる生態エネルギーへと変化させ、第三段階、竜の体にそれを注ぎ込む。そして第4段階、竜の衰えた体を転生させる。すべて技術的には最高レベル、魔術の流れを細心の注意を払ってコントロールしなければならない。だがそれも圧倒的な魔力を有したものでなければ・・・それぞれの段階を別の人間が担当するか、それとも・・・
開けていた窓を閉め、カイルは足早に部屋を出て行った。向かう先は城の地下・・竜が目覚めたのなら一度話がしたい。この計画を竜本人と話する必要がある。確か、竜とは念で話す事が可能なはずだ。幾つかの厳重な扉を開いて奥へと進んで行く。
最後の扉を開いた先にそれはいた。大きく白い体を持った大きな竜が丸くなって寝そべっていた。まだ眠っているのだろうか・・・。
一歩中に踏み出すと気配を感じたのか、白い竜が首をもたげた。そしてその紅の瞳に見据えられる・・・。
ーーー何者だ・・・・?
一言も言葉を発していないのに、頭の中に声が響いた。ごくりとカイルが唾を飲み込む。
「あなたが・・・このユフテスを始祖の時代から守り続けて来た伝説の竜、そして千年の永き眠りから目覚められた・・・伝説の竜、白の守り神ですね。私は、始祖ユフティアの血を受け継ぐもの・・あなたに出会えた事を嬉しく思います。」
ーーーふむ、ユフティアの子孫か・・・・。そうか・・あの人間が私を眠らせたのだったな・・と言う事は千年の時が流れたと言う事か。なるほど、まだ思った通りに体が動かせん・・・それにしてもお前は何故此処に来たのだ、人の子よ・・よもや世話話をしにきたのではあるまい・・?
カイルは竜を見上げたまま次の言葉を紡ぐ。
「あなたは、千年前の祖先がなされた約束の事を覚えていますか・・?彼は、もう一度あなたを聖地に戻る事ができるように生涯をかけて研究し、未来の私たちにこの1冊の日誌を残しました。それに寄ると、もともと竜は動物や人間を食べないのだそうですね・・大地に満ちたエネルギーを糧としていたと書かれてあります。だが、それは何故かこの地上では満足に得る事が出来ない・・あなたがこの地上で生きるには獣や・・そして私の弟のような特別な力を持つものを喰らって生きるしか無いと・・・。
私は弟を生け贄にするつもりはありません。ですがあなたをみすみす殺してしまうのは我が祖先の背く行為だと思っています。
あなたが思いのほか早く目覚められた事は誤算でした・・・。現在のユフテス国王、そしてその側近達は3日後には準備を終えて、塔の中に閉じ込められている私の弟をあなたの生け贄として、捧げるでしょう。そうすればあなたはまた力を得て暫くの時の間、私たちを守ってくれる・・と。ですが私は時期国王としてあなたをずっとこの国にとどめておく事は罪だと思っています。今の国王や側近、祭司長らの考えがどうであれ、私はこの儀式を何としても止めさせ、貴方を解放しようと思っています。」
白い竜はしばらく黙ってカイルの言葉を聞いていたがまた問いかけた。
ーーー我を血の束縛から解き放ち、自由にすると・・・?だが、我はこのままでは聖地に戻る事は敵わぬ。ここを去ってもそう遠くなくどこかで朽ち果てるだろう。だが、それも悪くない・・もともとそれは、我の永き願いであった・・。
「いいえ、白き竜よ。彼の残した日誌には、貴方様を転生させる術も組み込まれております。それによって、あなたは古い体を取り去り新しい身体となって聖地へ戻る事ができるのではないのですか?」
ーーーそれが、もし本当に可能であるなら・・・な