64話:目覚め

ユフテス市街の支店でアステールから輸入した多くの品物の確認を終えるとジークフォルンは支店長に話しかける。
「これで、ほとんどの荷物の引き渡しは終わったかしらねえ・・・」
「ええ、そうですね、ジークフォルンさん。今回も沢山の品物を持って来て下さって助かりましたよ。アステールのものは人気が高いですからね。これで今月も儲けまくりますよ!」
「ほほほ。商売熱心なのはいい事ね。まあ、せいぜい高く売って頂戴。あら・・・いやだ、なんだか雨が降って来そうな天気ね。じゃあ、あたくし、そろそろ失礼するわ。うちで馬鹿が待ってる事だし・・・。それじゃあ、また後で」ジークフォルンは店をでると大股で闊歩しつつ郊外の別邸へと向かう。手広く商売をしているジークフォルンは各地に別邸を構えており、アステールを拠点としながらあちこちの国に品物を仕入れに行ったりしている。

このユフテスにある支店も、ジークフォルンが後ろ盾になって大きくした店の一つだ。この間までは、王の第一側妃も上客だったが、これからはそうも行くまい・・・。それにしても・・とジークフォルンは先日別れたきりの義理の息子、カルナの事を考えていた。思うところあって、拾い上げ、ここまで育ててきたのだが、最近は独自に色々と手をだしているらしく、隠し事も多くなって来た。自立するのは良い事だが、たまに目に余る事があるのだ。

今回の事にしても・・・カルナがグランディスにしたためていた情報を幾つか売り飛ばしていたのは知っている。希少種と呼ばれるフィクサーの子供を捕まえたのも、カルナの手引きに寄るところが多い。やっとこの時が巡ってきたというのに・・・ユフテスの周辺には不穏な空気が漂っていた。「やっぱり甘やかして育てたのがいけなかったかしらねえ・・・勝手な事をしていないと良いのだけど・・・・。」そう小さく呟いて足を早める。

屋敷に戻って見るとカルナの姿が見えなかった。使用人を呼び止めて聞いてみる。
「カルナをどこにいるの?」
「あ、ご主人様、お帰りなさいませ。カルナ様でございますか・・・?そういえば、昨晩の夕飯の後から姿を見ておりませんが・・・。」
「そう・・わかったわ、ありがとう。」ジークフォルンは足早に自分の部屋の扉を開けた。
一瞬の静けさが部屋の中に満ちる・・・。

「やっぱり勝手に部屋に入ったわね・・・あのくそガキ!」ジークフォルンの瞳に厳しい光が灯る。屋敷を留守にする前に、部屋に気付かれないほどの結界を張ってあったのが綺麗に解かれている。それは何を意味するのか・・・。ジークフォルンはゆっくりとテーブルの上に置いてある水晶玉に近づくと手を添え、小さく呪文を唱える。すると、昨晩、カルナが見ていたのと同じ映像が浮かび上がってきた。暫くの間水晶玉を覗いていたジークフォルンだったが、一息ついて顔を上げた・・・もし其処に人がいれば、どれだけの恐怖に見舞われたか知る由もなかった。「まったく・・・好き勝手しやがってっ、あの馬鹿が!」ジークフォルンは部屋の中にあった移転用の魔法陣の上に立ち、呪文を唱え、その場から姿を消した。
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その晩、ユフテスの王城の地下ではいよいよ異変が起ろうとしていた。
王の間に魔術師長が走り飛び込んで来た。
「王よ!いよいよ・・月光草が花開きましたぞ!」
「なぬ?それは本当か?!では・・いよいよ、伝説の竜が目覚めると言う訳だな・・」
王と祭司長ら、その場にいた全員に緊張が走った。

「ですが、竜の目覚めはゆっくりとしたものですので、完全に覚醒するにはあと何日かかかると思われます。」
「そうか・・それでは、そろそろ儀式の準備を始めねばならぬな。」王は祭司長らに目配せする。儀式に必要な贄、そして、始祖がその自害の際に使ったと言われる短剣、清めの霊水、それらを用意せんと、祭司長たちは王の前から出て行った。

ーーーーーアルファスーーーーーー誰かが小さく呼ぶ声が聞こえたような気がした。
夢だろうか・・・遠く、懐かしい・・・地下の祭堂で眠る白い竜はゆっくりとその目を開いた。

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