58話:旅路6

「くっそ、こいつ、ぬめぬめしやがって・・!」ジェラルドが叫ぶ。彼の言った通り、巨大な海蛇が纏っているぬめりとした分泌物が看板にねっとりとついており、滑りそうになる。しかも奴が少し動く度に船は不安定に揺れ動くのだ。足場が悪い事この上ない。
また体を揺すって動き出した奴にジェラルドは剣を突き刺す・・・が柔らかそうに見える体は意外と固く弾力があり、またそのぬめりのある体が剣を滑らせる。

キルケは口の中で呪文を唱えると大きな海蛇の体めがけて杖を振る。海蛇の体に幾つもの大きな氷の刃が突き刺さった。
だが、「っち、本当に思ったより固いな。」キルケが呟く。海蛇は攻撃を受けて、尚体をくねらし船へと入り込もうとしている。本当は火の攻撃の方が効きそうなのだが、やたらと海の上で火炎を使うとこの船もろとも焼け落ちてしまいかねない。できるだけ、海蛇を痛めつけて海に戻す方が手っ取り早い。しかも船は奴に引きずられてどんどん海流がぶつかり合って渦を巻く海域に進んでいる。

「キルケちゃん、ジェラルド兄様離れて!」リディアの声が背後から響く。二人が咄嗟に後ろに退くと同時に雷が落ちる。「あっぶねええ!」ジェラルドが叫び声を上げた。幾ら大物相手とはいえ、こんなところで雷を落とされては自分まで感電死しかねない。
リディアはなかなか高度な魔術を使えるようだった。指にはめている純度の高い魔石を媒体に使っているのだろう。だがあまり手段を選ばない口らしい。ジェラルドの苦労が伺える。

雷を受けた海蛇は船内に入り込もうとしていた体のうねりをピタと止めた。効き目はあったようだ。だが今度は獲物を狙うようにキルケ達をめがけて突っ込んで来た。
大きな音を立てて、看板が壊される。
「きゃっ」リディアが衝撃で倒れた。「リディア!」ジェラルドがすぐに側に寄ってリディアを助け起こした。「大丈夫か・・・?」
「え、ええ」
「おい、ジェラルド、これ以上船を壊されたら事だ、一気に叩くぞ!」キルケが叫んだ。
「わかった!リディア、後ろに下がっておいてくれ!」そういうとジェラルドは剣を握り直し走り出した。一気に近くまで寄ると海蛇の頭目掛けて剣を突き刺しそのまま力を入れて跳ね飛ばす。ぶしゅっという音と共に切りとんだ海蛇の頭が転がった。じわじわと体液が出ている場所から床が濁ったように黒くなっていく。ジェラルドは剣でもう一度海蛇の頭を力一杯突き刺すとそのまま海へ向かってほおり投げた。だが首を切り取られた体はまだ暫く生きているかのようにくねくねとうごめいている。キルケが呪文を唱えると海蛇の体は青白い炎を上げながら海へと落ちて行った。
「やった・・か・・・?」ジェラルドが息を整える。

「いや、まだだ。早くこの海域から出ないと強い渦潮に巻き込まれかねない。」そう言うとキルケは風の魔法を紡ぎ出す。この魔法は古代魔法で地上ではほとんど使われていないものだが、この際文句は言ってられない。詠唱し終わると同時に一陣の風が船を下から舞い上げるかのように吹き出し、帆船は乗せられるようにスピードを増す。しばらくして元の位置に戻る頃には風も無くなっていた。

看板では海蛇に吹き飛ばされたものや、飛び散った海蛇の体液の毒にやられた者たちがマリアベル達侍女に介抱されていた。船の先端は海蛇に壊されたままだ。蛇の体液が残っている場所からはぷすぷすと毒気が出ている。幸い船に穴が開かなかったお陰で沈没は免れていたが、このまま大陸まで船が持つかは怪しい。急遽この先にあるという無人島へ避難することとなった。
だがいったいなぜあんなものが急に現れたのか、また船の針路が知らぬ間に変わっていた事も不思議だ。ジェラルドは自身の嫌な予感が当たった事に軽い頭痛を覚えた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ふうん、結構やるじゃん・・・。ま、あれぐらいなら倒せて当然か。」オーセは水晶を覗き込みながらにやにやと笑う。もちろん船の進行方向を変えたのも、海蛇を仕掛けたのも自分だった。あれだけ船が壊されていれば十分に足止めになるだろう。とりあえずの目的は果たせた訳だ・・。「まあ、お楽しみは後にとっておいた方がおいしいからな。」

           前のページへ  / 小説Top / 次のページへ