57話:旅路5

風を受け大きく帆をはった帆船は船酔いした騎士など、おかまい無しに海の上を滑るように進んでいた。今日も絶好の天気だ。
「わあ、見て!今お魚が飛び跳ねたわ!」リディアがトビウオの群れを興奮しながら指差した。
其処へこの船の船長が笑いながらゆっくりと歩いてくる。
「リディアーナ様、あまり身をお乗り出しにならぬ様気を付けてください。この辺の海域は今は静かですが、強い海流がぶつかり合う地点と近く、魔の海域と呼ばれているのですよ。毎年このあたりで沈む船のどれだけ多い事か・・・。まあ、この船に限っては大丈夫でしょうが、気をつけるにこした事はありませんからな。

しかし・・・アステールの誇る騎士達も船の上では形なしですなあ。はっはっは。」船長はぐったりとマグロのように横たわる騎士を一瞥すると大声で笑う。
「お見苦しいところをお見せ致しましたわ・・・」リディアはつい小声になってしまう。
「いや、いや、なんの、気にする事はありません。順調に行けばあと1日と少しでウリムナ大陸につきましょう。それまでには酔いも抜けているでしょう。」
「有り難う御座います。」
「さて、姫様には特別に面白いものをご覧にいれましょう。船長室へお越し下さい。ええ、侍女殿もご一緒に・・。」
「まあ、なんですの?面白いものって!」リディアとマリアベル、ナタリーの3人は船長の後について歓談しながら去って行った。

幾時かが過ぎた後、ジェラルドの元にキルケが厳しい表情をしてやってくると、おもむろに口を開いた。
「おい・・・気がついているか?」
「何をだ?」ジェラルドがあっけにとられた顔で聞き返す。
「この船の様子、おかしいぞ。少しずつだが方角がずれている。船長は何をしている?!」
「えっ?いや・・まったく気付かなかったが、、船長はリディア達と一緒に船長室にいるはずだ、行ってみよう!」ジェラルドとキルケは船長室へとやって来た。
扉をノックすると中から「どうぞ」と返事がある。扉を開くと、大きな机の前に4人が座っている。机の上には海でしかとれない珍しい貝や珊瑚など様々な物が置かれていた。

「おい、船長・・この船は今何処へ向かっている?」キルケが強い口調で船長に問いただす。あっけにとられたように4人は突然の訪問者を見ていたが、すぐに船長がおずおずと切り返す。「は、、あの、ウリムナ大陸に向かっておりますが・・・?」
「キルケが方角がずれて来ていると言うんだ。悪いが船長、確かめてきてくれないか?」
「なんですと?方角がずれて来ている?そんなはずは・・・」船長は暫くコンパスを持って来たり船の先登に行ったりしてから帰ってくると青ざめた顔でキルケに言った。

「キルケさんの仰る通りです。何故か船が大幅に進路を変更してほとんど魔の領域にさしかかっています。こんな事は・・・いや、そんな事を言っている場合ではない、急ぎこの海域を出ますので皆さんはっ!」その時、船が強い衝撃を受けぐらりと揺らいだ。
「きゃっ」「うわっ!」
「な、なんだ?いったい、何が起った?!」
6名は急ぎ看板の上にでると信じられない物を見るかのように唖然とした。一番早く状況を理解し動き出したのはキルケだった。
「何してる!早く来いジェラルド、あいつを仕留めるぞ!」帆船の帆先に巻き付く長い体、それは見た事もないほど大きな海蛇だった。海蛇は長い体をくねらすようにして、船内に入って来ようとする、その度に大きく船が揺らぐのだ。まだ先っぽは海の中に入っている。どれだけの大きさかわかるという物だ。

「あ、ああ」キルケの声に我に返ったジェラルドは剣を抜くと急ぎキルケの後を追う。騎士達はまだ二日酔いの余韻が残っている上、見た事も無い様な化け物に出くわし、平常心を失っていた。マリアベルは、リディアの手を掴むと船内に連れて戻ろうとしたが、リディアはそれを拒むと言った。「私も行くわ!」「だめです!、なりません、姫様!」
「だって今、まともに戦えそうなのはあの二人しかいないのよ?!私だって戦えるわ、心配しないで。マリアベルだって私の腕をしっているでしょう?!」
「リディアーナ様!」マリアベルの手を振り切ってリディアも二人の後を追って駆け出した。

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