47話:蜘蛛の糸6
「キルケ、さっき言ってたのはどういう事だ?水鏡の交信が途絶えた理由だが・・」3人はリディアの部屋で落ち着いて話はじめた。
ルークがナタリーと共にお茶の用意を持ってきて手際よくテーブルの上に並べて行く。おいしそうな焼き菓子や甘いお菓子も用意してあり、敏感に匂いを嗅いだキルケは舌なめずりする。
「はい、キルケちゃん、このお菓子おいしいのよ。」リディアはキルケの横に座り、お菓子をとりわけ足りしながら甲斐甲斐しく世話を焼いている。
「ああ、だから強い魔力の波動をぶつけられるとしばらく交信ができなくなると言ったんだ。」もともとこの魔術は竜族がつかっていた物を人間に教えたのだ、知らない訳はない。
「そうなのか・・・?」ジャラルドは大人しく餌付けされているキルケを見ながら考え込む。確かにキルケはそんじょそこらの魔術師が束になってかかっても負かされるぐらい大きな魔力を持っている。だが・・以前にも感じた事だが、何か得体の知れない物を感じるのだ。キルケがこんな幼い姿の女の子だとは夢にも思わなかったが、それ以上に奴は色々な事を知りすぎている。隠している事もありそうだ・・。こちらから協力を頼んだが、この選択が間違っていない事を今は祈るのみだ。リディアも気に入っているようだしな・・・。
いよいよ明日はユフテスに向けて出発する。仮にも正式に他国に招かれているのだ、こちら側もそれなりの準備をしている。成人の儀の前の晩には王宮で大規模な晩餐会が催される。ジェラルドも本国からルークを通じて、カイルへの贈り物やら、晩餐会で着る夜会服など、必要な物はすべてそろえさせてある。
ここからユフテスまでは陸路と海路両方を使う。リディアと共に行く事になり、ルークやマリアベルといったお付きの者と警護などをあわせると、30名あまりの団体になる。が、それでも少ない方だ。今朝方得た情報では、グランディスも当初は使者だけを使わす手はずだったと言うのに、突如幼い皇帝がユフテスを訪れる事になり、総勢150名程が王城近くに野営をはっているという。国交がある近しい国以外はほとんどが使者ばかりだと言うのに、聞くだけでも物々しい数だ。やはりあの国が竜を狙っているというのはあながち嘘ではないかもしれん・・。
「ジェラルド兄様・・?」ふと気がつくとリディアが自分の顔を覗き込んでいた。とっさの事でつい顔が赤くなる。隅に控えているルークの忍び笑いが聞こえる・・・あいつ・・後でどうなるか覚えておけよ。
「な、なんだ、リディア?!」
「いえ、先ほどから何度か声をかけましたが、全然返事がないものですから・・・。先日、カイル王子に事情を聞くと仰っていましたが、交信が途絶える前に、何かお話できたのですか?」
「あ・・・いや、、結局本題に入る前に交信が途絶えてしまったからな。」
「そうなんですか・・・。もう少し詳細が分かるかと期待しておりましたのに・・。」リディアがぽつりと呟いた。
実はあの日誌の裏にかくされてあったカイルの手紙の事はリディアには話していない。キルケのいぶかしそうな目線を受け、俺は首を振る。キルケは手紙の事を知っている。暫く俺をじっと見ていたキルケだったが、ふいっと目をそらした。あいつも大概何を考えているのか読めない。
「ともかく、明日にはここを立つんだ、キルケも必要なものは早めに言ってくれ、こちらで用意させよう。」
「そうだな・・・質の良い魔道石をいくつか用意しておいてくれ。詳しい事は道々話しをしよう、俺は今から準備もあるので一旦帰るが明日の朝、城の前で待つ。」
「え、キルケちゃん、城に泊まっていかないの?!」リディアが叫ぶ。
「お前と一緒にいると、ろくな事になりそうにないからな・・・。」とキルケが低く呟く。確かにキルケの感は当たっている。
「ええーつまらないわ・・・」とリディアが年相応にふくれた顔をする。どうもリディアはキルケの前では王女としての顔が崩れるようだ。先ほどとは違い、今度はマリアベルが含み笑いをしている。
「無理をいうな、リディア。キルケも色々と準備があるのだろう・・ところでお前、この部屋に入ってきた時見たいにいきなり消える・・つもりか?」
「いや、魔法陣は使わんぞ。あれは結構魔力を使うからな。ま、近い距離ならそうでもないが・・。出来るだけ魔力は溜めておきたいからな。此処からは歩いて帰る。」実はこの部屋に現れた時、キルケは聖地から直接この城までの移動術を行使したのだ。初めて行く場所はたまに出所を失敗する事がある。
「キルケちゃん、城下町までは結構距離があるわよ。馬車を出すからそれをお使いなさい?」とリディアが提案する。以前城下町近くの茶屋でキルケと会っているので城下町に住んでいるのだろうと思ったのだ。まあ実際にキルケは宿を借りているのだが。
「分かった、使わせてもらう。それじゃあ、ジェラルド・・とリディア、また明日、城の門の前で落ち合おう。ああ、時間には遅れるなよ。」キルケはにやっと笑い、先導するメイドの後をついていった。
「とうとう、明日、出発だね・・・」「ああ」ジェラルドが相づちを打つ。ユフテスへの道のり、何事もなければ良いが・・・張り巡らされた蜘蛛の糸に足を踏み入れる様な漠然とした不安がよぎった。