48話:囚われの王子

ひんやりとした石の壁に頭を寄せ付け小さな窓から差し込んでくる月の光を浴びる。ここのところ連日外から、風に乗って聞こえてくる声に耳を傾け自分の死期を悟る。塔の周りを徘徊する兵の数も増えていた。「誕生日が、僕の最後の日になるのか・・・皮肉なものだな、生まれた日と同じ日に死ぬなんて・・・。」

長い間僕を温かく照らしてくれたこの月の光ともお別れだ。やっと、終わるのだ、僕の痛みも苦しみも・・。塔で暮らし始めて十数年間、彼の元には訪れるものもなく、ただ慰みに与えられた書籍が簡易なベットの脇に高く積み上げられている。
その中の一冊を手に取るとゆっくりと本の表紙をなぞる。ーーどうせ死ぬなら、もう一度遭いたかった・・とその脳裏に浮かんだのは幼いあの日、僕を連れ出した自分と同じ顔をもつ魂の片割れと、もう一人・・僕の為に可哀想だと言って泣き、ずっと僕の手を離そうとしなかった幼い姫君。もし僕が死んだら、魂は自由になるのだろうか・・?そうしたら僕はもう一度君たちのところへ会いに行こう。それぐらいならこの僕にも許されるのだろうか・・?

月明かりの中何度も何度も繰り返し読んだその本を大切そうに元に戻すと小さな部屋を見渡す。窓際に置かれた小さな木の机、少し厚手の洋服が入った木箱、このベットに書籍。
本は本当に有り難かった。この何もない空間の中で外への興味と知識を与えてくれるものだ。読み書きはまだ幼かった頃、僕を育ててくれていた乳母が教えてくれた。もともと教養のあった人だったのだろう。生活に必要な様々な事を教えてもらったが、実際にそれを役立てる日は来ないだろう。書籍は誰が選んだのか、興味ある内容のものが月1回食事と共に持って来られていた。だが、それももうすぐ終わりになる。本を選び差し入れてくれた人物にお礼が言いたいがそれも叶わないだろう・・・。

こうして毎晩眠れぬ夜を幾度となく過ごしてきた。肌寒い石の牢の中で僕は毛布にくるまる。僕は何故生まれて来てしまったのだろう・・どうせ生け贄になるのであれば、早く僕を殺してしまえば良かったのだ・・・そうすればこんな思いをすることはなかったのに。
ほとんど日に当たる事なく塔の中で育った僕はこれまで、何度か死にかけた事がある。だがその度にいつの間にかある程度体が回復するまで蘇生されていた。生け贄になるまでは死なれたら困るのかと笑いがでた。自分で死ぬ自由も与えられない・・死ぬために生かされる人形のようだと。

なかなか寝付けなくても、疲労が溜まれば自然意識を失うように眠りにつく。そして時折変わった夢を見るのだ。見た事もない地と人間達、そして大きな竜が空を舞う夢・・。そして僕は見た事もないはずの竜に手を差し伸べて名を呼ぶ・・アルファス・・・と。
大抵そこで目が覚める。知らない間に目から流れ出た雫が頬を伝う。「アルファス・・?」と名を口に出して呼んでみる。何故だか分からないのに心が痛んだ。

さえずる鳥の声でいつの間にか夜が明けている事を知る。ゆっくりと瞳を開き流れ出た涙を袖口で拭き取った。彼は昨晩持って来られた水差しの中に入った水をカップに注ぎ口をつける。
生温い水が喉を潤して空腹の胃を満たす。残りの水に固くなった黒パンを浸し口の中に入れた。
塔の窓の隙間から2羽の鳥が入ってくる。その鳥に残りのパン屑を食べさしてやった。
去年はこの塔の中で巣作りを初め、3羽の雛が巣立って行った。生まれた雛が親鳥を求めて幾度も声を張り上げ、鳴く姿を眺め、雛が巣立って行った日には一抹の寂しさを覚えた。

だが、もうすぐ僕もお前達みたいに自由になれる。体は無くなっても魂は僕のもの・・・きっと自由に飛んで行けるよ・・・

           前のページへ  / 小説Top / 次のページへ