44話:蜘蛛の糸3

水鏡の間に入ったカイルは扉を閉め、部屋に風魔法で遮断する。こうする事で、部屋全体に薄い風の膜のようなものが張り巡らされ、中の音をシャットアウトするのだ。いくら王族しか入る事の出来ない部屋とはいえ、今の城内、どこで何があってもおかしくはない。

カイルは部屋の中央に置いてある大きな半球体のボールのようなものに近づいていった。中には透明な液体が並々と溢れて廻りに掘ってある溝へと流れ出している。
カイルはその上に手を置くと静かに呪文を詠唱しだした。それに伴って溢れる液体が光り出しまるで鏡のように誰かを映し出した。
「よう、時間通りだな・・。」水鏡の中に映った人物がカイルを見て呟いた。
「ジェラルド・・。」カイルは親友の顔を認めるとほっとしたように名を呼んだ。
「・・顔色が悪いな、カイル。お前ちゃんと睡眠はとっているのか?」

「はは、ジェラルドもオースティンも似た様な事を言う・・。ありがとう、でも私は大丈夫だ。ジェラルド・・なんだかつい最近別れたばかりだと言うのに長い間会っていない気がするよ。」
「そうだな、まあお互い色々・・とある事だしな・・。」そういってジェラルドは鋭い目をカイルに向けた。
「やっぱり、気付いてたんだね、ジェラルド・・。君なら・・と思っていたけど。」
「ああ・・・。お前の寄越したメッセージ、確かに受け取ったよ。」ジェラルドはにやりと笑ってカイルを見やった。
「そうか・・。これは一種の賭けだったんだ。お前、いやお前達が盗んでいったあの本の秘密に気付いてくれるかどうかは・・。」

「おいおい、人聞きの悪い事言ってんじゃねーよ。盗んだっても、お前、わざと盗らせたんだろーが。まったく食えねー奴だな。」そう言いつつもジェラルドは苦笑する。

「本を持って行った魔術師、お前のお抱えか?こちらが飲み込まれるかと思うぐらいの強い力を持っていた・・・。あんな魔術師を手元に置いているなら心強い。」

「ああ、あいつ、キルケはそんなんじゃねーよ。俺たちに協力してくれるかどうかはまだわからない。だが、明日にはキルケが一緒に来ようが来るまいが此処を立つ。」ジェラルドはキルケの金色に光る瞳を思い出す。明日、やつが来なければ諦めるしかない。

ーーそう、本当に賭けだったのだ。僕のメッセージにジェラルドが気付いてくれるかどうかは・・。リザルにいた3年間の間、ジェラルドが僕、いやユフテスの王家について並々ならぬ関心を寄せていた事は分かっていた。我が国に時々密偵を放っている事も・・。3年間の間、僕はジェラルドと接し、彼の真意を探った。彼を信用出来るかどうか・・。僕は魔術師長に、内密に命を出し、ジェラルドが寄越した魔術師を城の地下にまで案内させ、わざと本を盗らせた。もちろんあの日誌は、一度解呪して僕が読んでいる。最後のページに手紙を刷り込ませ、魔法で一見それとは分からないようにコーティングしてからもう一度術を施した。

「まったく・・危うく見逃すとこだったぜ。まあ、俺は魔力はほとんど持ち合わせてないが、お前の魔力の匂いは慣れたものだからな・・。」それにキルケも・・俺に本を渡す時、軽く裏表紙をたたいて、違う匂いがすると耳打ちしていきやがった。やはり只者ではない。

「それで、あの本、いや、日誌に書かれている事は事実・・・なのか?」

「全部、本当の事だ・・・。だからこそ、お前達に協力を頼みたい。手紙にも書いた通り・・竜や弟の事、こんなことをお前達に頼むのは筋違いだとは分かっている。だが、万に一つの可能性だとしても、弟を救い出したい。あいつには負い目がある・・。

父上や母上は、あいつの事をとうの昔に見捨てている。城の重鎮や神官達は何を言っても取り合おうとはしない。唯一、魔術師長と、あと幾人かは、私の意思を汲み取って協力してくれているが・・。私一人でやりこなすには手詰まりだ。それにグランディスの事もある・・。」

「ああ、そっちの情報は俺も手に入れている。だが、どうして俺たちに秘密を明かしてまでお前は・・・」
「ジェラルド、お前の事は3年間リザルに滞在している間ずっと、見てきた。信頼できるやつだと・・。それにお前の性格上いくら恋敵とはいえ、あのお姫様の手前、あいつを見殺しにはしまい?リディアーナ王女は必ずあいつのところへ行くだろう。お前がついて来ないはずがない。無茶しそうだからね〜、あのお姫様。」カイルはふと笑ってジェラルドを見つめる。

「お前・・・ほんっとーに厭な奴だな・・・。どこまで知ってやがる?リディアの事も・・。」

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