3話:叶わぬ願い

「ーーー君は、ユフテスの貴族かい・・?」

リディアはゆっくりと頭を振った。「私はアステールの第一王女よ。あなたは、ユフテスのカイル王子・・・?ううん、違う、、カイル王子はもう少しはしばみ色の瞳だった・・貴方はいったい誰?」

少年は少し驚いた様子で目を見開いた。「僕は・・・ユフテルの王族から名前を消された者、君の言うカイル王子は僕の血を分けた双子の兄だよ。」そういうと少年はギリッと唇を噛み締めた。

「名前を消された・・?どういうこと・・貴方はカイル王子の兄弟なのでしょう?それなのにどうしてこんな塔の中に閉じ込められているの?」
いくら幼いとは言え、この塔の住人が何らかの理由でここに閉じ込められているのだという事は頑丈な作りの扉や外の見張りの様子から分かった。きっと彼が手を出したこの窓でさえ、食事を差し入れる為の物なのだろう。扉の上の方には、鉄格子の嵌まった少し大きめの窓があるが、リディアの背丈ではとてもじゃないが届かなかった。

「双子が生まれる事は珍しい事じゃないけど、僕は、特殊な魂をもって生まれたそうだ。ユフテルには昔から不思議な伝説があってね・・王家には稀に王家を守る守護に捧げる魂をもった者が生まれるらしい・・・生け贄は1000年に一度、その守りが弱まった時に捧げられるそうだ。王家の古い文献にはもっと詳しい事が書かれているみたいだが僕にはそこまで知らされていない。」そういってその少年は自嘲気味に笑った。

「そんな?!生け贄って・・殺されちゃうってことなの?死んでしまうの?そんなのダメだよ!」リディアは必死になって彼に問いかけた。後になって思えば、リディアはこの時、初めて一目惚れというものを体験したのだろう。まだ自分の気持ちがよくわかっていなかったが、ともかく、扉のドアに隔たれたその少年が死んでしまうと思うと、とてつもなく悲しく苦しい気持ちになってしまったのだ。

「ーーーじゃ、じゃあ、私、お父様に言ってなんとかしてもらうよ。お父様ならきっと私のお願いを聞いて下さるわ。だから死ぬなんて言わないで!」

少年は驚いた顔をして・・そして静かに微笑んだ。「ありがとう。でもこれはきっと君のお父上にもどうする事もできない事なんだよ・・。」そういって彼はリディアの頬に伝った涙を拭うと言った。

「さあ、そろそろ行った方がいい。あまり暗くなると、この森は危ないから。どうやってこの塔に入ってこられたのかは分からないけど、守衛に見つかる前に帰るんだ。」

「・・私、また来るから!絶対どうにかして、貴方を助けてあげる。だから待ってて?絶対に約束よ?私が貴方を助けにくるまで死んだりしてはだめよ?」必死になってそう言うと、彼はもういちど「ありがとう」といって微笑んだ。

その後、無事に城にたどり着いた姫はマリアベルに説教され、暫くの間部屋から出してもらえなかった。2週間の滞在中、なんとかしてリディアはもう一度彼に会いに塔に行きたかったのだが、ユフテルを去る日は無情にも早かった。彼女の護衛の数は以前よりも増やされてしまい、結局リディアはそれからもう2度と塔に行く事は叶わなかった。
滞在中、父王に塔の中の少年に会った事を告げ、助けて欲しいと何度も願ったが、あの少年の言う通りそこには、『踏み入れる事の出来ない何か』があったのか、父王は首を横に振るばかりで、リディアの願いは聞き届けられなかった。

「助けてあげるって約束したのに・・・・」帰りの馬車に揺られながら幼い姫は止まらない涙を流しながらアステールへと帰郷した。

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