4話:そして運命は動き始める

〜アステール帝国 1561年 春〜

「姫様、リディアーナ様!こちらにいらっしゃったのですか?本当に姫様は相変わらず目を離すとすぐに雲隠れなさるのですから・・・」マリアベルは王宮第一図書室の窓際の背もたれに腰掛けているリディアに小走りに詰め寄った。

「王が御呼びになっています。すぐにお支度しますから姫も急いで下さい。」

「父様が・・・?やっぱりあれの事・・かしらね。気が重いわ。マリアベル、貴方私の代わりに聞いてきてくれる・・・なんてこと無いわね。」目尻をキッとつり上げたマリアベルを横目で見つつ、リディアは小さくため息をつくと立ち上がった。
「わかったわよ、行けば良いのでしょう?どうせあれよ、またどこぞの王子との婚約だの結婚だのってやつでしょ?本当に懲りないわね、父様も・・。前回のお見合いだってあれだけ強引にすすめておいて、会ったのがあの馬鹿王子・・ほんっとーにあれはバカとしか言いようが無かったわ。断って清々したわよ。」

「姫様、王は姫様のことをとても心配していらっしゃるのですよ・・・。お分かりになっているでしょうに・・。」

リディアはふと目を細めてマリアベルを凝視した。わかっているのだ。彼女が何を言いたいのかは・・でも自分は一度決めたことを覆すつもりは毛頭ない。そうだ、あの時に私は決めたのだから。

目前を歩く王女の姿を見ながらマリアベルは思案していた。リディアーナ王女はこのアステール帝国の第一王女にて、国王夫妻の唯一の子であった。大国の王としては珍しく、王は迎えた妃唯一を深く愛し、長年子供のできなかった王妃がやっと成した子がリディア姫だった。普通ならば、いくら正妃とはいえ子供が一人、しかも女であったならば、側室を迎えるなりして、世継ぎになる王子をと宰相を始め側近たちが何度も進めたが、王は頑として妃以外の側室、愛人を娶ることはなかった。

そう言う意味においては、リディアーナ姫はこのアステールを継ぐ唯一の血筋であり、また16歳になった王女の輝くばかりの美しさは近隣諸国だけでなく、遠く大陸全土に広まっていた。
姫が15歳を迎える頃から、婚姻を望む諸国からの書状、王子や有力な貴族達の姿絵などが多く持ち込まれ、このところまた特に多くなったそれらの話にリディアはうんざりしているのだ。だがリディアの心を苛んでいるものがそれだけでない事をマリアベルは知っていた。

手早く部屋に戻りドレスに着替えた姫は、王宮の中心にある謁見の間へと向った。大きな扉が開かれると、中央にある玉座に座っている父王と目があった。アステール第26代目にあたるギルロイ・ロムド・イルアディア・アステール王は賢王との誉れも高い。

ーーー父様は21歳の時に、当時べた惚れした7歳年上の母様に昼夜問わず猛アタックを繰り返し、やっと結婚してもらったのだと、幼い頃から何度聞かされた事か・・・玉座の隣に座る母様は今も若々しく、とても父様とそんなに年が離れている様には見えない。

黒緑の艶のある豊かな髪を纏め上げ、柔和な微笑をたたえて王の隣に佇んでいる王妃は身内の贔屓目に見てもかなりの美貌だ。傾国の美姫と呼ばれた母は父様に出会うまで、かなりの男嫌いだったらしく、母様が結婚を承諾してくれたときは、それこそ舞い上がりすぎて大変だったらしい。リディアの美貌はその母譲りである事は周知の事実であるが、リディアは自分の容貌には無頓着だった。ーーー

「父様、御呼びたてと聞いていますが、いったいどのようなご用件でしょう?」

 

           前のページへ  / 小説Top / 次のページへ