36話:遭遇
その頃、キルケも物思いに沈みながら街道を歩いていた。何故か今日ジェラルドが連れてきた女の必死な顔が脳裏から離れない。どうしてあんなに必死になれるんだ?もやもやとした思いと苛立がキルケの中で渦巻いていた。だから・・気がつかなかったんだ。
「キッルケちゃ〜ん、ふふ、なにそんな難しい顔してるのよ?あー、もうやっぱりこのお洋服似合うわね。さすが私って感じからしら?」いきなり後ろから抱き上げられた。
「お前!」不覚だった。「お友達はキルケちゃんのお洋服気に入ってくれた〜?」ジークフォルンが頬ずりしながら聞いてきた。
「・・・なぜ俺が人と会っていたって知ってるんだ?」
「あらあ、あたしはキルケちゃんの事なら何だって知ってるわよ〜。これも愛の力ってやつかしら?ほほほほほ。」甲高く笑う。
「お前はいつも神出鬼没な奴だな。そういえば、この洋服はどうなってるんだ!着替えようと何度もしたが変わらないし、変化の術もかからない、なんてもの着せるんだ、お前は!」
「うふ、それは〜企業秘密よ〜。でもいいじゃない、よく似合ってるんだから、キルケちゃん、女の子なんだもの、もっとお洒落しなきゃ!それに今晩にはちゃんと着替えられるから心配しないで。今度は別なの用意しとくわね。」
その言葉にキルケはハッとした。そう言えば、こいつ、ジークフォルンは出会った時からおかしな奴だった。他のものはいくらキルケの背丈が小さいとは言え、みんな俺をオスだと認識していた。その為に匂いを消し、人間のオス特有の匂いまで付けていたぐらいだ。
それなのにこいつは初めてあった時から俺をメスだと分かって接していたふしがある。
こいつ・・・本当に何者だ?キルケはまじまじと近くにあるジークフォルンの顔を見つめた。
「やだ、キルケちゃん、あたしのことそんなに見つめないで。照れちゃうじゃない。何かアタシの顔についてる?」
「お前・・・最初にあった時から俺の事をメスだと知っていただろう、何故だ?!」
「・・・あら・・隠してるつもりだったの?ごめんなさい。でもすぐ分かっちゃうわよ。あなたの事なら何でも・・・ね。もうこのくりくり巻き毛なんて最高ね!あたしの髪もこんな赤茶じゃなくて金髪がよかったわ〜・・」
キルケの背筋にぞっと寒気が走った。「ジークフォルン、お前いったい何者だ?!」
ジークフォルンはにやっと楽しげに笑って答える。「あら、あたしの事はよく知ってるでしょう、キルケちゃん・・・?ふふ、本当はもっとキルケちゃんとこうしていたいんだけど、あたしも色々と忙しい身の上なのよ。悪いけど今日はこれで失礼するわ、また近いうちに会いましょ、キルケちゃん。」そういってジークフォルンはキルケを抱きおろすとあっと言う間に人ごみの中を縫って見えなくなった。
なんだか分からない恐怖と不安がキルケを包み込む、先ほどまでの苛立は新たに芽生えた感情に押しつぶされていた。ともかく宿へ帰ろう・・・。キルケは早足で帰途についた。
宿の部屋につくと、キルケは小さなベットの上に倒れ込むように横になった。何故今までジークフォルンの事をちゃんと考えなかったのかが自分でも不思議だった。出会いはあるマーケットでその時依頼された仕事の事で色々と調べていた時だった。
「何かお探しもの?」そういって近づいてきたのがあいつだった。俺は人間の趣味にあれこれいうつもりはなかったが、あいつのファッションだけは吐き気しそうなぐらい不味かった。忘れもしないレインボーカラーの派手なワンピースを身にまとい、孔雀の羽をあしらった帽子をかぶった赤毛の大男。その時確かに俺の記憶は2〜3秒ほどぶっ飛んだ。
顔がわからないようにいつもの黒いフードをかぶり声音を変えていた俺をあいつはいきなり自分の胸に引き寄せ声を上げた。「可愛い〜。やだ、可愛い子猫ちゃんだわ〜♪」その間十秒あまり、俺は声も出せずに硬直した。初対面の奴を軽々しく信用するほど俺も馬鹿ではない。その後俺の仕事を手伝うと言って来た奴の身元は洗いざらい調べたはずだ。奴の頭とファッション以外おかしいところはなかった。それに奴は商人だけあって、様々な得られにくい物品の調達はどこよりも優れていた。魔術の知識も舌を巻く程豊富で商人にしておくのはもったいないと何度か思ったが・・・今考えてみると奴ほど不審な人物はいない・・・とキルケは自分自身の事は棚に上げ考えていた。
一度、、、聖地へ戻るか・・この姿でいるのもかなりの魔力を酷使する。一度帰って2日後にもう一度戻って来よう。キルケは窓を閉め切ると真っ暗な部屋の中で竜だけが知る古代の魔術を唱え出す。部屋の中がふっと青白い光に包まれた後、部屋には静寂だけが残った。