35話:祈り

「さあ・・・な。よしんば可能だとしてもこれは術者にも多大な負担がかかる。やって出来ない事はないが、失敗すればこちらの身も危うくなる・・が、贄のことはともかく、竜の事はどうするつもりだ?」
『伝説の竜』か・・・ユフテス王家は今まで加護を得ていた竜をそんな簡単に手放すだろうか?カイルの考えはどうであれ、竜は貴重な存在だ。もし他の国にその存在が知れたら、混乱を招くばかりでなく、竜を欲する国と戦争になるかもしれない・・・。宗教的理由にしろ、政治的理由にしろその存在は大地を揺るがしかねない。もともと我らでさえ、事情があるとはいえ簡単に踏み入ってはならない他国の深閑に関わる問題にふれてしまっている。ジェラルドはもう一度考えに沈んだ。

「竜は、日記に書かれている通り、聖地に戻ってもらえば良いのではないのですか?」リディアが答える。

「簡単に言うな、リディア。それは可能性の一つだ。キルケの言う通り、何事もなくうまくいけばそれはそれがベストだが、万が一の場合は、どちらかが犠牲になることも考慮しろ。竜か・・・それとも彼か・・この術式を行う為には準備もかかるし、カイルの成人の儀には各国からの代表者が集っている。例えば、術が失敗でもして竜が暴れ出したらどうなる?俺たちだけで済む話じゃない。これを手にした以上、一度カイルとも話をする必要があるな。どちらにしろあいつの協力は必要不可欠だ。それとは別に、キルケ・・・こんな事に巻き込んでしまってすまなく思っている、だができれば俺たちに協力してもらえないか?この術の施行には、どう考えてもお前ぐらいの術者が不可欠だ。もちろんこちらでも、他の術者を当たってみるが、お前が一緒に来てくれると心強い。もちろん謝礼ははずむ。」
リディアは押し黙ったままキルケを見つめた。キルケは二人の眼差しを受けると、下を向き小さく呟いた。
「少し、考える時間をくれ。」
「ああ、分かった、だが、俺たちは3日後に出発する。悪いが、この二日の間に結論を出して欲しい。俺は、国を出るまでにカイルと連絡を取る。この際だ、アステールの水鏡を使わせてもらおう・・リディア、いいな?」

「は、はい。」リディアは頷く。水鏡とは各王家が所有する緊急用の通信魔具だ。相手側とこちら側の姿ばかりか声も伝える事ができる。この水鏡の術も遥か昔、かつて竜によって人間にもたらされたものだという。

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その後キルケと別れて、城に戻る馬車の中、リディアは意を決意した。
「・・ジェラルド兄様、先日の夕餉の時、私がお話していなかった事があります・・それは・・」
「グランディスの事か?」突如腕を組んで下を向いていたジェラルドはリディアに向かってにやりと笑う。「っえ?」リディアが目を見開いた。「俺が知らないとでも思っていたのか?あの国の動きは我が国にとっても人ごとではないからな。。以前からユフテス同様、探りを入れてある。不思議な事ではないだろう?」そういってジェラルドは声を立てて笑った。

そう言われてみればそうだ。私が知り得る情報を有能なジェラルドが知らないはずはない。国では次期国王の兄の補佐として私などより遥かに政治に関わっている。私は・・・まだまだ、この人に追いつけない・・。

「あの国は諜報にもかなり力を入れているからな・・竜の事を知っていても不思議ではない。それに、あの国の王はえらく竜にご執着だと聞く。何年か前にも大掛かりな探索を行っていたしな。もし、あの国がこの事を知れば黙ってはいないだろう。」
リディアはジェラルドの言葉に頷いた。「彼らは竜をどうするつもりなのでしょう・・・?」
「さあな、愛玩動物・・って訳ではないだろう、やはり竜の持つ力と守護を欲しているか、、馬鹿な奴らだ、竜の守護は奪い取って得られるものではないだろうに。」

リディアはもうひとつ気にかかっている事を口にする。自然と今までジェラルドとの間に感じていたわだかまりの様なものが消え失せていた。
「キルケは・・・協力してくれるでしょうか・・・?」
「さあ、あいつの考えている事は俺にもわからない。だがあいつは信用できるやつだ。長い付き合いではないが・・な、そんな感じがする。あいつは・・ときどきだが、不思議な感じがするんだ、こう、なんというか畏怖を感じ得ない何か・・を持っている。ふふ・・だが、小さいとは思っていたがまさか女だとは思わなかったなあ。」そういってジェラルドは思い出し笑いをする。リディアは通り過ぎる外の風景を見ながら祈っていた。

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