30話:未来に託された日誌
「な、離せ!お前もジークフォルンの仲間か?!」いきなりリディアに抱きつかれたキルケは声を荒げる。
「いや、リディアは俺の連れだ、細かい話は後でするが・・、キルケ、お前・・・本当に女だったのか?」まだ興奮冷めやらぬ状態のジェラルドがおずおずと尋ねる。
「・・・一応、俺は生物学上の上ではメス・・いや女として生まれたが、それが何か関係あるのか?」じろっとジェラルドを睨む。
「そういう訳じゃない・・がお前の事はずっと男だと思ってたし・・その口調だし・・それに、いや、子供だとは思ってなかったから色々と、まあ・・・」口を濁す。
「はあ?子供というが、言っとくが俺はお前の何倍もの年月を生きてるぞ?別に性別は隠してた訳じゃないが、こちら・・では、この方が色々と便利なんでな・・・」キルケの言葉に何かしら引っかかりを覚えたが、リディアはすっと立ち上がるとキルケに向かって手を差し出した。
「ごめんね、キルケちゃん、いきなり・・すごく可愛らしかったものだから、つい・・。私はリディアーナって言います。リディアって呼んでね。」
むすっとしたままのキルケだったが、リディアの白い手を握り返す。「キルケだ。言っとくがこの格好は今日限りだ!あいつが変な魔法さえ掛けなければ俺はこんな格好・・・」
「え〜、もったいないよ。キルケちゃんすっごく可愛いのに!」ついリディアもいつもの王女らしからぬ口ぶりでキルケに接する。
キルケはリディアに絶賛されると、その小さな顔を赤くする。「そ・・そんな事はどうでも良い。それよりも本の事だ。お前達、その事で来たんだろう?!」
リディアとジェラルドはお互いの顔を見合わせ、ぷっと笑い合う。そうだった・・・重要な事柄を話にきたはずなのに、予想だにしなかったキルケの愛らしさについ目的を忘れてしまっていた。3人は奥の部屋へと歩いて行き席についた。
「それで、本の解呪はできたのか?」
「ああ、なんとか間に合った。」ジークフォルンのお陰で昨日は寝れなかったがな・・・。
「中身はもう読んだのか?」
「少しな・・。中身はどうやらユフテス王族の日記・・と彼が考案した魔術の構成が記されている。正直驚いた・・・。こんな魔術を人間が生み出す事が可能だとは。」キルケが答える。
「そんなにすごいのか?」ジェラルドは差し出された本をゆっくりと開いた。千年を得たとは思えぬほど素晴らしい状態である。どうやら魔法をかけた者が保護してあったのだろうか。
ーーーこの日記を未来の子孫へと送るーーー
この日記をしたためるのはこの私、ユリウス・ロイズ・エル・ユフテス、父モルデバイン王の息子であり、ユフテスを継承した代289代目の王である。
この国は始祖の時代より、美しく誉れ高い竜の護りの中にあり、他国と異なり、始祖の血を引くユフテスの王族、及び国とは長い間、竜の加護の中でその尊い知恵と知識を授かり繁栄をきわめて来た。
私が生け贄の魂をもってこの世に生を受け、また過去に我らの先祖がしてきたように、竜にこの身を捧げる事を私は厭わなかったが、白き竜の抱える絶望とその深い闇を知った時、私はある事を決心した。私は生まれ持った魔力が通常よりもはるかに多く、様々な新しい魔術を生み出す事に力を注いだ。その一つが、彼の竜を永き眠りへと導いたものである。
だが、それも千年の時を得れば効力を失い、媒体として使った竜香草の蕾が花開く頃には彼もまた目を覚ますであろう。今までがそうであったように、その時代には彼を生かす為に生まれるであろう私と同じ生け贄の魂をもった者が出るに違いない。
私は生け贄の魂を持つ者について自分自身と始祖ユフティアについて詳しく調べ始めた。その結果解った事が幾つかある。もともと始祖が彼の竜に気に入られる程の美しい心を持っていたのは確かであるが、それ以上に彼女が持っていたものはその身に宿す大いなる力、純粋な魔力とも言うべきか。たまたま始祖ユフティアが特異な体質を持っていたのだろうか・・いや、これも運命の一つだったのかもしれないが・・彼女はそれ故に彼の竜を長らえさせるだけの力を持っていた。始祖以後に生まれる子供の中にも稀にそうやって力を蓄えた結晶のようなものを体の中に持って生まれて来たものたちがいた。
その力は子供から大人になる頃に一番大きな力を発揮する。私が彼の竜を眠らせた頃、もっとも大きな魔力が私の中で息づいており成人を迎えた頃から、人が年を取るようにその力も少しずつ力を失って行くようだった。