21話:ユフテス創世記

大地は悪意と混沌に満ちていた。
人は己の欲望の赴くままに大地を穢し、殺戮と暴虐の限りを尽くしていた。

その地に住まう一人の娘があった。太陽の恵みを受けた金の髪に森の翠をその瞳に映し出した少女はその混沌の地にあって尚、稀に見る直ぐで純粋な魂をもつ乙女だった。早くに両親を無くし、その地に生きる力なき者すべての未来を憂いた娘は、この地に静寂と安定を願い、伝説の竜が住まうという聖地トレムの山に己の身一つで旅立った。

長い旅路の中で靴はすり切れぼろ着を纏った娘は345日の放浪の末、トレムの頂きに立った。
娘は頂きの上から力の限りを尽くし、声を張り上げて呼ばわった。

暫くの静寂の後、地を轟かす様な轟音と共に空が隠された。娘はおびえる事なく、目前に降り立った一匹の竜と対峙した。

ーー人の娘よ。ここは竜の住まう聖地。人間ごときが立ち入れる場所ではない。いったいどのような用件にてこの地を穢しに来た・・?返答しだいではお前をこのまま頭から食ろおうぞーー

頭の中に直接鳴り響く様な声が聞こえて来る。娘は竜の金色に光る瞳を見つめると静かに答えた。

「伝説の竜よ・・・私はここから東の地に住まう者です。貴方の仰せの通り、私たち人間は、欲望の限りを尽くし大地を穢しています。私たち人は、弱く、また善悪を知りません。どうか私たち人間に貴方の英知と知識を教えていただけないでしょうか?そうすれば、私たちは争いをせず、地に平和と安寧をもたらす事ができるのでは無いでしょうか・・」

竜は答えて言った。
ーー我を見てもおびえる事もなく、またたじろぎもしない其方の心は清く美しい。だが、地上に居る者立ちはどうだ?意味のない殺戮を繰り返し、持たないものから奪い、我が愛したこの世界を混沌の闇へと変えて行く。一度失ったものはもう二度とは戻らないというのにーー

娘は竜に問うた。
「では、貴方が王となり、地上に秩序をもたらせては貰えませぬか・・?貴方様はそれがお出来になるのではありませんか?」

白き竜はその金の瞳を細め娘の目前に近づいて言った。
ーー人の娘よ、我にこの聖地を離れ、あの粗暴な者達の王となれと申すか・・・?面白い事を言う・・・。よしんば我がその願いを叶えた所でいったい我に何の得があろう。人は己の欲望のままに滅びて行くのが自然の摂理であろう?それに私たち竜の一族は地上で長らえるのに適した種では無い。聖地に住まう竜ならば、1万年、2万年の時を生きよう、だがあのように数千、数万もの血で汚れた地では我の命も塵に等しい。

まあ、其方の様な美しい魂を持つ者を食らえば多少は長らえるであろうがな・・・。ーー

娘は目に涙を浮かべながら竜に願った。
「私の命で済むなら、貴方にお捧げ致します。どうか、私と共に来ては貰えませんか?」

竜は娘に言った。
ーー我は其方が気に入った。出来れば食らいたくはない。それに我が其方を食らえば我は血の契約により、二度と聖地に帰る事はできない。ーー

娘は絶句した。自分の命など幾らでも捧げる事はできる、だがそれによってこの気高い竜は聖地へと戻る事が出来なくなるのだ。娘の顔から血の気が引いて行く。

しばらく竜はそんな娘をじっと見つめて居たが言った。
ーー分かった、娘よ。其方と契約しよう。我は其方と共に行き血と殺戮に満ちた地に秩序をとりもどそうーー

そして竜は娘との契約通りに、地へ降り立ち、人々に善悪の基準と秩序を教え、何年かの時を得てその土地には平和が訪れた。しかし、、汚れた土地の気を何年も浴び続け、竜は次第にその力を衰えさせていった。ユフテスの初代女王にして祖となった娘は結婚し子を儲けた。

日に日に衰えて行く竜を目に娘は言った。
「どうか私を食べて下さい。日に日に、弱っていく貴方を見るのは堪えられません。私には貴方をこの地に連れてきてしまった責任があります。どうか、、私をお喰らい下さいませ・・」
だが、竜は決して娘を食べようとはしなかった。何日もこのやり取りが成された後、娘は剣を取り、自分の胸を突き刺して果てた。。
「あなた・・一人を、、行かせる訳には参りません。どうか私の・・この躯を食べて一日でも長らえて下さいます様・・・」

竜は冷たくなった娘の躯を喰らい、3日3晩咆哮を続けた。ーー

 

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