番外編:愛する君の為に7

セルムはじっとギルロイの顔を見つめていた。ばば様ははっきりとは言わなかったが・・・彼がそうなのだと・・星なのではないかとセルムの直感が告げていた。稀代の占い師である祖母の血を引き継ぐセルムの直感でこういった類いのものは外れた事が無かった。
「・・なんだ?俺の顔に何かついているか?」
「いや、何でもないよ、ギル。本当に・・これからが楽しみだね・・。」そう言ってセルムは極上の笑みを見せるのだった。

その頃、ホテルではロザリアが侍女に湯浴みを手伝ってもらっていた。侍女の名前はシャロンといい、ロザリアが唯一、スミルナから連れて来た侍女だった。幼い頃からの幼馴染みでもあり、ロザリアと同い年の彼女は4年前に結婚して一度侍女を辞めたものの、今回、ロザリアが国をでるにあたり、もう一度侍女として志願し、付いて来たのだった。彼女の夫は同じく姫付きの料理人として、2歳になる娘と共に一緒に来ていた。
「セルムはもう、行ってしまったのね・・。」
「明日から学院が始まりますから・・・」
「ええ、そうだったわね・・」
「姫様・・・、セルム様は、またちょくちょく顔をお出しになられますよ。たった一人の姉君名のですから・・。」シャロンはロザリアの床まで届く長く美しい緑黒髪を梳きながら言った。
「そうね、本当にせわしない事・・今日帰って来たと思えば、誰か知らない男が部屋にいて吃驚したわ・・あれは一体誰だったのかしら?」
「御学友では無いのですか?」

「そうなのかしら・・」ロザリアは今日、一瞬かいま見た若い男の姿を思い出す。黒髪に黒い瞳をもつ、そう、まるで黒い豹の様な男。あちら側も吃驚したように私を見ていた。
だが、ああいった視線はこの世に生まれ落ちたその瞬間から今までずっと受け続けていたものだ。羨望、妬み、嫉妬、賞賛から人の身体を舐めるように見る輩まで、男であれ、女であれ、大抵自分を見たものは似た様な反応をする。

私は数人のものを除いて男が嫌いだった。大体父上からして、妾を100人も持ち、それぞれの妾が王の寵を競って争うのを面白そうに眺めていた。幸い自分達の母はその美貌故王にもっとも愛された寵姫となったが、それだって、あと数年も立てばその地位は揺らいでしまうのだろう。あの男にとって女などそれだけの、そう上辺だけの価値しかないのだから・・・。
生まれ落ちた瞬間から、ばば様は私にとってありがたくもない宣託を告げた。
=この娘は大きくなるに従いより美しく、その美貌は遥か彼方の大陸の果てまで知れ渡るだろう・・。しかし、この娘を巡って国内は争いが絶えず、国を揺り動かす傾国の美女となりえん。=

父上は、祖母である、流れの占い師の言葉など信じてはいなかった。だが、私が大きくなるにつれ、私を得んとする、貴族間で最初のいざこざが始まり、それは収まるどころか私を他所に大きくなっていく一方だった。それは近隣の諸国をも巻き込み、国では勝手に決闘を起こした者達が死んで行く始末。だが、それを見た所でどう思えというのだろうか・・悲しむべきことなのだろうが、それらは私の意思をまったく無視したものだった。あった事もない知らない男の家族に人殺しと罵られ、男を喰らう魔女だと囁かれる。そんな生活はもう真っ平だった。
幾度か、婚約が決まりかけたかと思えば、覆され、私の事をよくも知らない男がひざまずいて愛を乞う。もうたくさんだった。

そして、ある日、父上が言った。お前をこれ以上国に置いておく事はできない。確かにお前は占いの予言通りの傾国の娘と成り果てた。この上は、お前を欲しがる諸国の者達にお前を売り渡そう。酷い父親だと思ってくれて良い、儂にはこの国を守る義務がある・・・と。
私は父の選択などどうでもよかった。どうせこれ以上ここにいても私の意思を無視して全てがなされて来たのだ、今更売られたところで、代わり映えはしまい。そうして私は弟のセルムと共にこのリザルへとやってきた。数週間後には何処かの金持ちの物好きにこの身を明け渡す事になるのだろう。だがその刹那、最後に会ったばば様の言葉が閃いた。

「運命の星・・・か」
「え?何かおっしゃいましたか?姫様」髪の毛を湯で洗い流し、高価な香油を髪に塗り込んでいるシャロンが目を上げた。
「いいえ、なんでも無いわ・・・ありがとう、シャロン。こんな私の為にここまで付いて来てくれて・・貴方には本当に感謝してもし足りないわね。」
「とんでもないですわ、姫様・・・姫様があんな形で国をでる事になって、私、いても立ってもいられませんでした。少しでも姫様のお役に立てるなら、私は幸せです。

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