カルテ2:空(から)4

「な、なんであなたが此処にいるんですか?!もしかして、昨日つけてたんですか?!」
三村君が私の後ろに隠れるようにしながら男を睨みつける。当の男性は飄々とした態度で私たちのところまでやってきた。
「酷いなあ・・俺ストーカー扱いですか?たまたま行く方向が同じだっただけで・・、君が嫌がるから仕方なく距離空けてついて行ってたけど、俺の大学、この先にあるからさ。
まあ・・前を歩いてた君がこのビルに入るのは嫌々ながら目についただけで、別につけていた訳じゃ無いっすよ・・・。それに結構この道通るのに、こんなところがあるなんて知らなかったしな・・。ここって、心療内科のクリニックなんでしょ。あんたがここの先生?」そういって男は私の方を挑発的に見やった。

「はい、そうです。渡部と言います。えっと・・、それではあなたが昨日三村君が水をかぶる原因になったという・・お名前は何と仰るんですか?」

男は少し目を見開いて、またにやりと笑う。
「ああ、昨日の話、聞いてたんですか・・。まあ、話が早いか。俺は和田健司って言います。昨日はそちらの彼女にとんだ迷惑をかけてしまって、申し訳無かったです。」小さく頭を下げる。

「学生さんでしたか。この先の大学と言うと、○○大学ですか?それで和田さん、今日はどういったご用件で・・・?」

「俺の事は健司でいいっすよ。ーーいや、もう二人してそんな不審者みるような目つきしないでくださいよ〜。信用ないなあ・・・。ほらこれ、学生証。一応医学部の学生なんすよ、これでも。まあ、この年になると色々悩む事も多くて〜・・で、できれば、ちょっとカウンセリングとかって興味あって、どんなもんなのかな・・ってね。」

「それは・・・つまり個人カウンセリングを受けたいと言う事ですか?」私は、受け取った学生証を彼に返しつつ聞き返す。

「そうそう、そんな感じ!ま、俺も色々あってさ〜、そのカウンセリングっての受けてみたいんだよね・・。」
「そう・・ですか・・・。ですがうちは個人カウンセリングについては、じっくりとお話を伺うためにも、完全予約制となっています。三村君に予約をしてもらって後日改めて・・ということになりますが、いかがでしょうか。」

「ああ、全然問題ないっすよ。で、君三村さんって言うんだ?下の名前は何っての?」
三村君はまだ暫くはうさんくさそうに和田健司を見ていたが、仕方なく、案内などの用紙を持って来て彼に手渡す。
「これが、当クリニックの案内と問診表です。目を通して記入してください。それから、職務外の質問は一切受け付けませんので。」

「へえ、それで、三村さんって彼氏とかっているの?」
「ですから!関係のない質問はしないで下さい!」
つれないな〜などとつぶやきながら橋本はクリニックの問診表を埋めて行く。
「はい、出来た!じゃあさ、とりあえず明日の3時ってことで・・・これから、よ・ろ・し・く、先生!」橋本は問診表を三村君に手渡すと私の方を振り向き軽く手を挙げる。そして、三村君にウインクをして出口の方へ向かって歩いて行く・・と同時にノック音が聞こえた。
「こんにちは〜、福萬圓です。冷やし中華2皿お持ちしました〜!」
「へえ、冷やし中華かあ、うまそうだな。」出前を持って来た福萬圓の店員が取り出した皿をじっと見やる。
「えっと、2人前で1400円になります。」
三村君の威嚇するような視線に気がついたのか、和田は苦笑しながら、「それじゃ、明日!」と言うと、今度は自分でドアを開けて出て行った。暫く彼を見送っていたが、私は鞄の中から財布を取り出し、千円札を二枚引き抜いて手渡す。
「あ、1400円ですね、すいません。」
「あ、じゃあ、これ600円、おつりです。」
私がお金を支払うと、後でお皿取りにきますのでといって出前は去って行った。

「はい、どうぞ、三村君。」そういって私は、冷やし中華を一つ彼女に手渡す。受け取った三村君は何かもの言いたげに私を見ている。もう一方の方が良かったのだろうか・・?
「・・・センセ、本当にあの男の人のカウンセリングするんですか?」
「あの男って、和田さんですか?そうですね、本人の希望がありますし、こちらも断る理由がありませんからねえ。後で私の方に彼の問診表を持って来て下さい。1時半からの電話カウンセリングが終わった後に目を通しますから。」

三村君はきっちりと私に700円を手渡すと、ため息をついて背を向けた。どうやら機嫌をそこねてしまったらしい。

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