76話:風1

馬車に乗り込んで市街地を抜けると王城へと続く小高い丘が見えてくる。この辺りになるとたくさんの使者達の幕屋が張られている。
「すごい人ね・・・」
「ああ」ジェラルドも言葉少なげに頷く。緊張・・しているのだろうか。
かくいう自分も、一気に色々な事が起って突っ走って来たが、こうして実際に見覚えのある古城を目の前に手が震えているのが分かった。
御者が門番に私たちの来訪を告げる。馬車に紋章が無いのが不自然だと思われたのか内部を伺うように質問されている。ジェラルドが立ち上がると、ルークが止めるのも聞かずに馬車の外に出た。そして腰から宝剣を抜き兵らに見せる。確かにジェラルドの剣にはエストラーダの紋章が入っている。納得したのか、門を開き、中へ入って、城の前までついた時、幾度か舞踏会で見た事のある顔が血相を変えて走ってくるのが見えた。

「よお!」そういってジェラルドが軽く手をあげる。
「心配したよ、ジェラルド!そしてリディアーナ姫・・ようこそユフテスへ」私たちの目前までくると彼は優雅にお辞儀をする。その横にはもう一人、利発そうな男の子が立っている。
「紹介するよ、僕の弟で第二王位継承者のオースティンだ。」その子は静かに私たちに向かって礼をした。私たちも慣例にしたがって挨拶を返す。顔を上げてにっこり微笑んだ姿にはとても親しみを持てた。ジェラルド達よりも、彼の方が年が近そうだったからかもしれないが・・。
私たちは軽く話しをしながら城内へと足を踏み入れた。途端、キーンと耳鳴りのような音が耳に響く。あまり心地の良いものではない。
城内の気が乱れているのだ・・。城を行き来する精霊が悲鳴を上げているような感じがした。どうしたんだろう・・、昔はこんな嫌な感じはしなかったのに・・。

まずは国についた挨拶をするため、王の間へと向かう。リディアの心はドキドキしていた。以前お会いしたときはまだ、子供だったのだ。今度は1国の代表として王と出会う。おぼろげにいつか見たこの国の王の顔を思い出そうとする。カイルとは一度別れ、王への挨拶が済んでから、カイルの部屋にくるようにと手はずを整えてもらっている。
扉が開かれ、私たちは玉座の前までゆっくりと歩いて行くと、それぞれが国を代表しての挨拶と口上を述べた。ユフテスの王はゆっくりと私を見ると目を細めて言った。
「これは、アステールのリディアーナ姫、お噂に違わずお美しくなられたな・・・。この国に来られるのは、そう、8年ぶりか・・・明日の夜は舞踏会と、そして明後日には世継ぎの王子の成人の儀が執り行われる、どうぞごゆるりと過ごされよ」

「もったいないお言葉、ありがとうございます。」私はドレスの裾を少し上げてお辞儀する。王の間に入って来たときから思っていた事だが、どうも王の顔色がすぐれないような気がする。ご病気なのだろうか、後でカイル王子に聞いてみよう・・・。
王の間を退出すると、侍女が待っており、すぐにカイルの部屋へと案内された。城の中をぼんやりと眺めながら、8年前の事を思い出す。不意に懐かしさ故か涙がこみ上げてきた。

ーコンコン、コンコンー
「王子、客人をお連れ致しました。」
「入れ」
扉の中に足を一歩踏み入れると大きく開かれた窓の遥か向こうに、彼の人が今も囚われている塔が目に飛び込んで来た。カイル王子もいつもここから塔を眺めていたのだろうか・・・?
「ジェラルド、そしてリディアーナ姫、よくぞご無事で参られた。本当に心配していたんだ。君たちの事を・・」
「まあ、俺たちが着かないと計画が台無しになるしな?」そういってジェラルドはにやりと笑いかける。
「参ったな・・・本当に君たちの事を心配していたんだよ?でも確かに・・状況は思わしくないね・・。今日、僕とオースティンでもう一度父上に儀式の延期を申し出に行ったのだが拒否されてしまったよ。」
「そうだったのか・・・と言う事は明日の朝儀式が決行されると言う事か?」
「何故・・知っているんだい?これは城内でもトップクラスの機密なんだが・・」目を見開いてカイルが尋ねる。
「え?ああ、実は・・」ジェラルドは、今までの事を手短かにカイルに説明した。
「なんて事だ。国のそんな機密まで漏れ放題になっているとは・・・くそっ!それにしても、そのジークフォルンという商人の男は信用出来るのか・・?」
「う・・ん、それなんだがな、今は一緒に来ていないが、キルケという俺の連れの魔術師の友人らしい。確かに不自然なほど色々と知っているんだが・・・」
「でも、私は信じられると思うわ。だってキルケちゃんが大丈夫だって言ったんですもの。」
呆れたようにジェラルドがリディアを見て言った。「お前なあ・・・逢った時からキルケの事をすごく気に入っているのは分かるが、それとこれとは別問題だろ」
「一緒よ、きっと大丈夫!そんな予感がするの・・・」そう言ってリディアは口ごもる。
そこにマリアベルが口を挟んだ。「恐れながら申し上げますが、姫様は母上の祖国スミルナの高名な魔術師の血を引き、こと直感力に関しては外れた事がありません。姫様が大丈夫だと仰るのでしたら、今までの経験上、私は信頼に値すると思うのですが・・・」

ジェラルドも考え込む。確かにリディアの直感は小さな頃から優れたものがあった。リディアが駄目だといえばその事は駄目になったし、無理そうな事でもリディアが行けるといえば大丈夫だった。

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