70話:幼帝2

ーコンコン コンコンー
第一応接室の扉の前には兵が2名立っていた。兵らは僕を見ると身体を固くして敬礼する。気にするなとジェスチャーを送り、扉を2回ほど叩くと中からくぐもった声が聞こえた。
「何者だ?」
「ユフテス王国、第二王子のオースティンです。こちらにグランディスの皇帝、及び将軍がいらっしゃるとお聞きし、御挨拶に伺いました。」
応接室の中から鍵が開けられ、扉が開かれた。部屋の奥にある、豪華そうなソファーには小さな皇帝とルーシェル、クルトが座っていた。将軍は立ったままである。
扉を開けた者に目を向けると、それは魔術師らしかった。格好もそうだが、衣服からかすかに魔術師が好んで使う香の匂いが漂ってくる。
「兄様!」叫んで、クルトと、ルーシェルが後から駆けてくるが、すぐにそれを制して、一歩中へ入る。

「こら!クルト、ルーシェル。お客様の前でそんなにはしたなく走るものではないよ。」僕は弟らを連れてもう一度グランディスの皇帝の前まで来ると、臣下の礼をする。幼い声が僕の耳に届いた。

「お前が、ルーシェとクルトの兄なのか?良いな・・・ルーシェはたくさん兄弟がいて、、余は余以外の親兄弟は一人もおらぬ。だが、此処におるイルディアスは余とは血は繋がっておらぬが大切な者じゃ・・」

「もったいないお言葉でございます。」とソファーの後ろに立っていた大きな男が頭を下げる。
この男が・・・戦場で、魔人と呼ばれるグランディスの将軍か・・・。確かに屈強そうな体つきをしている。僕は失礼にならない程度にちらりと視線を投げかけた。つっと彼と視線が合う。
油断がならない・・そう思わせる光を放っていた。

「皇帝は、ルーシェルと同じ年だとか・・・?」
「そうじゃ、余はルーシェがとても気に入ったぞ!クルトもじゃ!余の周りはいつも大人ばかりでつまらぬ・・・ルーシェやクルトがずっと余と一緒にいてくれれば良いのに・・」
「それは、もしルーシェル様がオズベルト様にお輿入れなされるのであれば可能かもしれませんね・・・そこにいらっしゃる第二殿下のお母上も我がグランディスの貴族から嫁がれた者なのですよ。そうでしたね、殿下・・?」イルディアスが口を開き、僕の方を伺うように言った。
「そうなのか?!じゃあ余はルーシェをお嫁さんにしたいぞ!」幼帝が嬉しそうに声を上げる。
当のルーシェルはこの会話の意味を理解しているのかしていないのか、目をくりくりと動かしながら、お菓子を食べていた。

なんて事を言うんだ、この男は!こいつらの所為で母上は・・・怒りで頭がクラクラしてくる。そんな時、天の助けか、後ろからまた新たな第三者の声が響いた。
「それは、どうでしょうね・・婚約するにしても、グランディスの皇帝陛下も、うちのルーシェルもまだまだお若い。そういった話はもっと彼らが大きくなってからするものですよ?」

「兄上!」表面上にこやかに部屋に入って来た兄上だったが、目は笑っていない。
「ほう・・・では、陛下やルーシェル殿が成人された暁には、我が国との婚姻を認めると?」イルディアスが抜け目なく、兄上に言い募る。
「さて・・ね、その時にはまたお互いの国の情勢もまた違った事になっているでしょうし・・・?そちらのような大国が何もこの小さな国の姫を娶る理由などないでしょう?」にっこりと笑って兄上が言った。

「見かけ通りの小国・・という訳でもありますまい・・・?」
「ははは、何を期待しておられるのか、、そういえば、グランディスの方でも幾つかきな臭い噂を耳にしますよ・・?国内紛争、併合した国の離脱戦線など・・我が国などにかまうよりはそちらの件を片付けた方が宜しいのでは?国内では暗殺や毒殺などもお手の物と聞いていますが・・」
「貴様っ・・・・」イルディアスが声を上げようとしたが、幼帝が不安な様子でイルディアスの手をぎゅっと握りしめると声のトーンを下げて言った。
「いくら、殿下であろうとも、滅多な事を仰らないで頂きたい。事と場合によっては我が国への侮辱としますよ?」

「これは・・すみません。口が過ぎました。まあ、ですが、どちらにしろ皇帝陛下に置かれましては私の成人の儀が済むまでゆっくりとおくつろぎ下さいます様・・・。クルトとルーシェルは今から勉強がございますので、これで失礼させて頂きます。」カイルは礼をすると弟妹を連れて部屋を出て行った。イルアディスは暫くの間、憎々しげに扉の方を睨みつけていたが、皇帝の言葉にはっと我に返った。
「もうよい、余も幕屋に戻る。」そう言ってイルディアスの手を一層強く握った。そんな皇帝を愛おしげに見ながら抱き上げると、そのまま歩き出す。そして扉近くにいた魔術師へとそっと目配せをした。

           前のページへ  / 小説Top / 次のページへ