52話:動かぬ証拠

「それではやはりベルガリーゼ様が・・・」カイルの顔が苦く曇った。
「・・申し訳ありません、兄上」オースティンが力なく頷いた。
「いや、お前のせいではない、オースティン。辛い思いをしているのはお前の方だろう。すまなかった・・・」

「いえ、兄上。悪いのは全て母上です・・。まさか、本当に他国から嫁いで来たとはいえ、王家の秘密をグランディスに渡しているとは・・・。」そういってオースティンは側妃ベルガリーゼが書いたグランディスへの手紙を握りしめた。

「だが幸い、ベルガリーゼ様は王位継承者ではない。竜や贄のことは知っていても詳しい事実まで知らないはずだ。つまり中途半端に情報が流れていると思って良いだろう。さて、どうしたものかな・・・。」
カイルは考え込む。情報を他国に流した側妃は、王宮の審問会にかけられるだろう。オースティンの事を考えるとでいれば極秘に済ませたいところなのだが、事が事だけに、そういう訳にもいかない。下手をすると他国まで巻き込んで戦争にもなりかねない。それほど、竜の存在は大きなものなのだ。とりあえず、父上には話しておかなければならないな・・・。

それと気になるのはこの間不自然に中断された水鏡の間での出来事だ。古い文献などを調べると、なにか大きな魔力をぶつける事で一時的に術が四散し使えなくなると書いてあった。
今頃ジェラルドとリディアーナ姫はとっくにこちらへ向かって来ているはず。船にでも乗っている頃だろうか・・・。無事につくと良いのだが・・・。

沈黙に堪えきれないようにオースティンが呟く。「兄上・・。母上の事は如何いたしますか?」

「そうだな、悪いがこのまま放っておく事はできない。一度、父上に相談して、そして審問会にかけられるだろう。良くて、記憶を忘失させる秘薬を飲まされ追放と言うところだろう・・・。だが、私の方からも審問会に掛け合ってみよう。」

「わかりました・・。」カイルはそっと異母弟の体を抱きしめた。「心配するな。できるだけの事はする。」
オースティンはカイルの部屋から退出すると、重い足取りで庭へと出て行く。結局以前みかけた変わった珍客の姿をもう一度見る事は無かったのだが、ベルガリーゼが貴族のパーティーに呼ばれて外出している時、見つけたのがこの封書だった。手紙は2通あり、一通はグランディスからのもの、そしてもう一通はベルガリーゼが書きかけたものだった。
グランディスの手紙には、読んだ後はすぐさま破棄するようにとしたためてあったというのに、それはさほど探すでもなくあっけなく見つかった。新しい宝石やドレスが増えていた事を見ると、どうやらそれらはグランディスから貢ぎ物、いやスパイへの報酬にでも贈られたのかもしれない。きっとそちらの方に夢中になって失念していたのだろう。

母の愚かさをかばう気はない。オースティンは第一側妃の唯一の息子だったが、物心ついた時から母の腕に抱かれた記憶は一切無い。気位が高く高慢な母上・・・オースティンの世話はいっさい乳母任せで、オースティンにとっては乳母や第二側妃のほうがよっぽど自分の親らしかった。自分を王位につかせようと画策していたのは知っているがそれも、オースティンの為を思ってではなく、自分を満足させる権力を手に入れるためだということもわかっていた。
だが・・・そんな愚かな人でも自分の唯一の母親なのだ。
庭園のベンチに腰をかけるとオースティンは深々と溜め息をついた。突如ガサッと後ろの茂みが音を立てた。
「誰だ!」振り向いたオースティン。其処には想像だにしていなかった人物が立っていた。
「お前は・・・!」そう、いつか母の部屋から出て来た不審人物が庭先にたってオースティンを眺めていたのだ。思いがけない登場にオースティンの体が強ばる。だが・・・

「ふふ、そんなに怖がらなくても良いのよ、子猫ちゃん・・・。随分とお疲れのようだったけど、大丈夫なの?」

子猫ちゃん・・・?なんなんだ、こいつは!「お前はいったい何者だ!」
「やあだ、そんな大声を出しちゃ、衛兵が来ちゃうじゃないのよ。もう少し静かにしてちょうだい。オースティンちゃん。」
「何故・・・僕の名前を知っている?お前、母上とどういう関係なんだ?!」
「ベルガリーゼ・・様はあたくしのお得意様よ。色々と豪気にいつもお買い物して下さっているの。フェロモンを倍増する香水や何やらね・・・」まあ、、それももう終わりって処だけど・・と呟いた声はオースティンには聞こえなかった。

「商人・・なのか?」こんな奇抜な格好をした商人など今まで見た事もない。
「そうよ。これでも結構知られた顔なんだから。さて・・とあなたが大きな声を出すから何人かこちらに向かって来てるわね。あたくし、メンドクサイ事は嫌いなの。それじゃ・・またね?子猫ちゃん。」そういって奇抜な大男はあっという間に茂みを縫っていなくなった。

バタバタと何人かの衛兵の足音が響く。「オースティン様!大丈夫ですか?」「幾人かが、オースティン様が叫ばれるのを聞いたと・・!」

「いや・・・大丈夫だ、何でもない。」そう言いつつオースティンは謎の商人が去って行った後を追うように目を泳がせた。

 

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