28話:母の教え

キルケがジークフォルンの屋敷で強制的にコスプレをさせられている頃、リディアは自室で考え事をしていた。

明後日にジェラルドと共にキルケという者に会う。新しい手がかりに期待が湧く一方、小さな不安の種がリディアの心の奥底に刺さっていた。まさか、こういう形でジェラルドが自分に手を貸してくれるなどとは数日前は露にも思っては居なかった。だが、ジェラルドの行動にはリディアと違った意思がある。リディアは薄々と感じ取っていた。彼が決して塔の中の住人に良い感情を持っている訳ではないと・・。

だから昨晩、ジェラルドと話し合った時、リディアは全てをジェラルドに打ち明けた訳ではなかった。実はもう一つ、大切な事を話さないでいたのだ。彼女が最近手に入れた情報の中で気になる話が一つあった。ユフテス近郊に位置する大国グランディス。この国は元は小さな独立国だったのが、ここ数十年で勢力を伸ばし幾つかの国々を併合し大国へとのし上がってきた国だった。グランディスは騎馬民族が祖となっており、その国の国教はイドリス教、つまり聖獣であり、強さの象徴でもある竜を祀っている国だ。

その国で、最近不穏な動きがあった。リディア達と同じく幾人かの優秀な間者を雇い入れ、ユフテスの内情を調べている様なのだ。その国は以前から知恵と知識の恩恵、強護な国の守りを得られるという竜を探しているという噂があったのだが、それが真かどうかは定かではない。
実際に竜を目撃したとの確かな記録が残っているのは500年も昔の話だ。太古の昔、竜は幾度か人の前に姿を表し、気まぐれに人に知恵を授け、また交流したとされるがそれらの竜が地上に長く留まる事はなく、暫くの時の後、その巨大な翼をはためかせて聖地へと帰って行ったという。
人々の記憶からも忘れ去られて等しい竜の存在・・ユフテスには確かにその竜と深い関わりがあり存在を意識させる要素が多くある。
グランディスの狙いは何だろう・・?彼らはユフテスの抱える秘密に足を踏み入れようとしている。彼らもまた何かを知っているのだろうか・・・?

アステールを出るまで後4日、リディアは立ち上がって大きく息を吸い込んだ。何がどうあれ、今は自分に出来る事を精一杯やるだけだ。私の望みはただ一つ、囚われの王子を救出すること。あの少年がユフテスの秘密に深く関わっている事はまぎれもない事実だ。彼を助ける事によって発生するであろう幾つもの問題は用意な事ではない。
でも、私は諦めたくはない。私の一方的な我が侭に過ぎないという事は分かっている。父様や母様にも迷惑をかけてしまうだろうし、きっと彼は昔に出会った私の事なんて忘れているだろう。

それでも良い。彼が・・あの翠の瞳を持つ少年がどこかで笑って幸せに暮らしてくれるなら、私は満足だ。そうやって今まで幾度となく考えてきた。
いつだったか、母様が私に言ってくれた事があった。「リディア、私たちの大切な子、貴方を生んで私はどんなに幸せな事か・・私も父様もいつも貴方の事を考えてますよ。貴方がいつも幸せであらん事を願っています。貴方が考えて成そうとしている事は間違いでは無いかもしれませんが、それにはまた多くの犠牲と困難を引き起こすやもしれません。

ですが、私は貴方の事を信じています。貴方は神々に愛された子、きっと数多の困難をも乗り越えるでしょう。お父様がなさったように・・・。自分の道を信じて進みなさい。きっとその先には真実が待っています。私たちに出来る事は多くありませんが、それでも私は貴方への協力を惜しみません。父様は、貴方を愛するあまり、焦ってエストラーダの王子との婚姻を勧めたがっている様ですが・・(ここで母様はクスリと笑っていらした)あなたはじっくりとその目で見極めなさい。自分の将来を・・・。」

母様も父様に出会うまで色々と大変だったらしい。父様も男性不審の男嫌いだった母様を射止める為にさんざん苦労なさったと聞く。でも父様は苦難を乗り越えて母様をその手に勝ち取ったのだ。私も母様の言った通り、自分の未来は自分で切り開いて行く!

 

           前のページへ  / 小説Top / 次のページへ