3話:美人薄命

「涼子!」お父さんがやおら立ち上がってギャバ猫お母さんに抱きついた。いきなり立ち上がるもんだから、一緒に座っていたソファーが揺れて私はソファーの上で転ぶ。
もう、お父さんは!さっきまで口をぽか〜んってあけてギャバ猫の事見てたのにお母さんの姿になった途端これだなんて・・。でもお父さんはお母さんが大好きだから猫の姿でも帰って来てくれて嬉しいんだろう。でもなんか変な気分だ。だって、まあ家の中に設置してあるお棺の中にはお母さんの死体が入っているはずなのに・・・。
車にはね飛ばされて頭を強く打ったお母さんはあっけなく、救急車がくる前に死んでしまったのだと聞かされた。

「あ〜あ〜、もうほら!ええとしこいて泣かんどき!大の大人がみっともない。美香流に駄目なお父さんやと思われてしまうやろ!」と尻尾をフリフリさせながらギャバ猫お母さんが言った。
何故か変に私は冷静で、ギャバ猫お母さんに問いかけて見る。
「ねえ、耳と尻尾がででるよ・・?」ギャバ猫お母さんはふぎゃっと言って両手で耳を押さえる。お父さんはまだギャバ猫お母さんに抱きついたままで離れない。
「堪忍なあ。まだうまいこと変化でけへんねん。なんてったって猫又になったばっかしやしなあ。ちょっと練習が必要やな、これは・・」とぶつぶつ言っている。
私はもう一つ不思議に思っていた事を聞いた。
「ねえ、どうしてギャバ猫とお母さんの魂が混じっちゃったの?」
「それはなあ、よおわからんけど、うちももうすぐ猫又になれるはずやったのにって強い思いと涼子のあんたらを置いて死なれへんって思いが同時期に死んで重なったんやろか?まあええやん?何にしろ、こうやって戻ってこれたんやし。きっと神様がサービスしてくれたんだよ。」

最後の一言はお母さんの言葉らしかった。「神様がサービスしてくれたのよ。」とは何か良い事があったときの母の口癖だった。普通なら動転してしまうようなこの変な状況に何故か私は納得していた。だが、ひとつだけ確認しとかなくてはならないことがある。
「ねえ、ギャバ猫お母さん・・・今度は、今度は勝手に私やお父さんを置いていなくならないでね?絶対だよ!」私はギャバ猫お母さんの手を握りしめて真剣に言った。

お父さんもちょっと落ち着いたのか、顔を上げてギャバ猫お母さんの顔を凝視している。
「そんな目でみんくてもおらんくなったりせんから・・二人とも安心しーや。」ギャバ猫お母さんは優しく私たちに微笑んだ。よかった。ギャバ猫のまま微笑まれたらきっと怖かっただろう。
一息ついた頃にはもう12時を回っていた。「お子様は寝る時間よ。」とギャバ猫お母さんが私をせっついて二階に上がらす。
「前見たいに、一緒に寝てくれる・・・?」ギャバ猫はいつも私のお布団の足下で丸くなって寝ていた。するとお父さんが横から口をだす。「ずるいぞ!俺も一緒に涼子と寝たい!」
呆れたようにギャバ猫お母さんがお父さんを見てため息を吐いた。
「裕幸・・子供じゃないんだから・・」でもお父さんはギャバ猫お母さんの手を握ったまま離さない。もしかしたら、お父さんも朝になってこれが夢だったなんて思うのが怖いのかもしれない。私のように・・・。

「じゃあさ!、家族3人川の字になって寝ようよ!そしたらいいでしょ?」
「まあ、、、仕方ないわね・・。」とギャバ猫お母さんはあっさりと承諾する。まだ猫又になったばかりでずっと人型だと肩が凝るとおばあちゃんみたいな言い訳をして(実際100年生きているらしいからおばあちゃんかもしれないが)ギャバ猫は元の猫に戻った。お父さんはちょっと残念そうだったけど、早々とこの事態に対応しているお父さんは流石とも言えなくはない。

お父さんは科学技術者なのに、こういった不思議に関しては昔から信じる人だったらしい。いつかお母さんが話してくれたことを思い出す。見た目真面目で融通がきかなそうに見えるけど、中身は純真でとても一途なお父さんに惹かれたの!と頬を染めて言っていたラブラブ夫婦だった。
今日はたくさんの事がありすぎて本当は私たちもすごく疲れていたのだ。布団を敷いてギャバ猫お母さんを真ん中に二人と1匹半はあっと言う間に眠りの中に落ちて行った。

次の日の朝、寝ぼけ眼でがばっと起き上がった私は隣を見て目が覚める。いない!ギャバ猫お母さん?!慌てて1階に降りて行くと良い匂いが漂って来た。目玉焼き・・?
台所にはギャバ猫お母さんが立って、生前のママのように朝ご飯を作っていた。私はほっとして力が抜ける。
「あら・・もう起きたの、美香流?お父さんを起こして来てちょうだい。」と尻尾をまたフリフリさせながらギャバ猫お母さんが言った。なんだか分からないけど嬉しくて涙がでてきた。
お母さんがいる・・・どんな形であろうと、お母さんが戻って来てくれたんだ。
突然泣き出した私を訝しげに見ていたギャバ猫お母さんは、私の近くまでくるとぎゅっと抱きしめてくれた。それだけで胸が一杯だ。
「うん!」私は勢いよく頷くと、まだ疲れて寝ているお父さんをおこしに二階へと上がった。
ギャバ猫はじっとそんな美香流をみて、そしてふとリビングに目を移す。そこにはもう抜け殻となった涼子の棺桶がおいてあった。すっと音も立てずに棺桶の側まで来ると顔の所の扉をゆっくりと開く。がっかりしたようなギャバ猫の声が部屋に響いた。
「ああ、やっぱり私って死んじゃったのね・・美人薄命ってホントだったんだわ・・・」

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