番外編:愛する君の為に9

ギルロイが無事に元の建物へと戻って来た頃には全ての学科のオリエンテーションは終わっていた。まあ、仕方が無いか・・。ギルロイは首をすくめるとそのまま、寮へ向かって歩き出した。レイモンド達もこの後の予定が無いのか一緒についてくる。その時、やおらひと際強い風が吹き抜けてギルロイが首に下げていた学生認証書が飛ばされた。
「ちっ」と軽く舌打ちすると、ギルロイは振り向いてレイモンドに行った。「わりい、あれ取ってくるから先に帰っといて!」そう言い残し、鞄を置いたまま飛ばされた認証書を追いかけるように走って行った。

「あ〜あ・・・鞄まで置いて行っちゃって・・・これって僕に部屋まで届けろって事?」
「私が届けておきますよ、殿下。それよりも・・・気がつかれましたか?」
「え?何が?」
「ああ、そうでした。殿下はあまり魔力をお持ちになっていらっしゃらないのでしたね。」
「それって嫌み?」じろっとレイモンドが従者を睨む。
「いいえ、そう言う訳ではありませんが、先ほどの風、あれは魔術で起こされたものですよ。風の精霊が、ギルロイ様の認証を取って去って行くのが見えました。」

「え?そうだったの?てっきりただ単に強い風が吹いたのだと思った!」
「殿下・・・殿下はまったく魔力が無い訳ではないのですから、御勉強次第ではちゃんと基礎程度の魔術を使う事も可能なのですよ?」
「え〜・・でもさあ、うちの国って魔術師より、生粋の騎士や戦士を生み出す確立が高いじゃん。別に魔力が無くたって苦労はしないよ。魔術なら王家直属の魔術師に任せておけばいいんだしさあ。基礎程度の魔術があったって・・・」
「将来国を預かる方が何を甘い事を仰っているんです!剣だけで何もかもが片付くなんてまさか思ってる訳じゃないですよね?!」
「ああ、頼むから説教は勘弁してよ。ともかくさ、ギルロイの奴の鞄届けてきてよ。その後で話はゆっくり聞くからさ。」
「本当でしょうね・・・?」
「マジ!本当だって!そんな睨むなよ。ちぇっ、とんだ迷惑だよ、ギルの奴、今度絶対おごらせてやる!」従者に説教されそうになったレイモンドは、去って行ったギルロイの後を見ながら小さくため息をついた。

風はどんどんギルロイの認証を飛ばして校内から外に出て行く。
「くそ、なんなんだ、この風は!」ギルロイは悪態をつきながらそれでも認証書を追って走って行った。認証書はもちろんリザルの学院での学生であるという証と共に、校内の各所を出入りするときのキーにもなっている。また、各自の寮の部屋のキーにもなっているのだ。
無くしても新しいものを発行してもらえるが、お小言は免れない。
どういう訳か、風は一向に止む気配がなく、ギルロイの認証を乗せたまま郊外へと移動していく。リザルは校内こそ広いが、一歩町に出ると、数本の路地にある、学院御用達の店が建ち並ぶ大通りを残して、少し寂れた地区へと入って行く。

あまり普通の学生が立ち居らない地区まで来ると、風は勢いを無くしすとんとギルロイの認定書を落とした。まったく・・・といいながら、認定書を拾いあげ、戻ろうとすると、奥の物陰から人の声が聞こえる。
「んっ、はあ、はあ・・・ああん!」女の嬌声だった。ふと考えを巡らして回りを見渡す。そういえば学院の寮に入って1日目に仲良くなった寮生が、リザルの繁華街の裏でこっそりと運営する売春宿があると言っていたな・・。表向き各地の王族や貴族の子女が集まるこの学院都市でそういった売春宿などは認められていない。だが、若い者達が集う学院の裏には色々とそういった裏情報も溢れているのだ。
少し興味を惹かれたが人様のプレイを覗き見る趣味はない。踵を返し歩き始めようとした所でいきなり腕を引っ張られて路地に引きずり込まれた。咄嗟の事でバランスを失い地面に倒れ込む。
一体なんなのだと思って顔を上げると其処には南方の民族が着る様な頭からすっぽりと布をかぶり目だけを出した女?が俺の上に乗っかっていた。
そいつは俺の首にナイフを突きつけると低い声で言った。「動かないで!貴方は一体誰?何故こんなところにいるの?」

うんざりしながらギルロイは自分の上に乗っかる女を見つめる。それはこっちの台詞だった。いくら顔を隠していても昨日垣間見た美しい紫の宝石の様な双眸を忘れるはずはない。
だが解せないのは、何故、彼女が今自分の上に乗って俺にナイフを突きつけているのか、しかもこんな寂れた路地裏で女の嬌声を聞きながら・・・。
俺は身体に少し力を入れるとガッと彼女の細い手首を掴み反対に彼女を地面に押しつけフードをはぎ取った。やはり・・現れたその顔は昨日ホテルで一瞬だけ顔を逢わせたロザリア王女のものだった。
彼女は悔しそうに唇をわなめかして俺を睨みつけた。美しい・・・間近でみると本当に神が作り上げた最高傑作と呼ばれる意味がよくわかる。しみ一つない美しく白いアラバスターの肌、睨みつけていても尚輝きを損ねない二つの宝石、そして化粧を施していないのに赤く誘う唇。
「卑怯者!」彼女が短く叫んだ。
「人にナイフを突きつけておいて言う台詞か?俺こそ聞きたい・・セルムの敬愛する姉上がこんな路地端で何をやっているんだ・・・?」

            前のページへ / 小説Top / 次のページへ