54話:旅路2

船の出港にあわせてカモメやウミツバメ達が大空を舞う。
「出航だ!錨を上げろ〜!」船長の声が響いた。
大きな帆船が風を受けてゆっくりと動き出す。リディア達は皆看板に出て船の上から町並みを見渡した。今回のユフテスへの訪問は王家の個人的な訪問という事にしてあり、公には発表されていない。だからこそ、30名あまりの人数で喜楽に動けるのだが、港には何処から聞きつけたのか沢山の町民達が集っていた。
「姫様〜お気をつけて!」「旅行の無事を祈りますぞ〜!」「リディアーナ姫様〜!」
中にはこんな声も聞こえる。「きゃー、ジェラルド様よ!」「こっちを向かれたわ!素敵〜!」黄色い声援を送る女の子達に看板の上からジェラルドがにっこり笑って手を振る。

「・・・おもてになる事ね、ジェラルド兄様」
「おや、焼きもちかい?リディアーナ。そうだとしたら嬉しいが・・・?」そういってジェラルドはリディアを抱き寄せる。陸地からいっそう黄色い悲鳴が上がった。
「ちょっ、ちょっと、ジェラルド兄様!」突然引き寄せられてその青い目で甘く見つめられ、リディアの心臓はこれ以上無い程に早い鼓動を打つ。
急いで振り払ったものの赤くなった顔をばっちりとジェラルドに見られてしまった。

以前舞踏会でジェラルドの意味深な視線を受けてからたまにジェラルドが見せる男の顔にドキドキしてしまうのだ。
(気のせい・・・気のせいよ。ちょっと赤くなったのだって、ジェラルド兄様がいきなり抱き寄せるからびっくりしただけ)とはいいつつ、黄色い声援を受けさわやかに手を振るジェラルドを見て何か面白くない感情がわき上がるのも事実だった。

ーーなんだか変な感じ・・。私疲れているのかしら。出発前は色々とあったし、きっとそのせいよね。これは絶対に焼きもちなんかじゃないわ。いつも女性に調子の良い兄様にあきれているだけだわ。ーー

またそんな二人の様子をルークが影ながら観察していた。
やっぱりジェラルド様、リディアーナ姫が本命なんだな・・・。いつもと違って表情に余裕がない。きっと姫様に嫌われまいと必死なんだ。リディアーナ姫も、ジェラルド様とああやって戯れているところをみるとまんざらでも無いのかもしれない。真っ赤になっているリディアーナの姿を見て思う。頑張って下さい、殿下!ルークはいつもお側で殿下を応援しております!

と、いきなり横からのんびりとした声が聞こえる。
「ふ〜んん・・ジェラルドの奴、あの小娘の事が好きなのか。わかりやすいな。」
「なっ!」びっくりして声の主を確かめる。いつの間にかキルケがにやにやしながらルークの隣にたって同じように二人を眺めていた。
「キルケさん?!びっくりするじゃないですか!そ、それに、殿下や姫様の事を呼び捨てにするのは不敬罪ですよ!大体小娘って、あなたどう見ても僕と同じぐらいか、それより年下でしょう!」ルークがキルケに詰め寄る。

「うるさい奴だな・・・お前、ルークとか言ったか?ジェラルドの腰巾着。俺は、あいつらに“必要だ”と言われてわざわざついて来てやってるんだ。お前にあれこれ言われる筋合いはない。人間の王族など俺には関係ないからな。大体俺はお前よりずっと年上だ。一緒にするな。」

ルークはキルケの物言いに唖然として口をぱくぱくさせている。どうやらショックが強過ぎてまともに脳に届いていないらしい。
キルケはルークをほっておいて二人の方へ歩いて行く。それに気がついたリディアがキルケのところまで、走りよってくると、強引にキルケの手を引っ張り船内へと消えていった。まだ顔が赤いところを見ると照れ隠しかもしれないが。

ジェラルドは満足そうにそんな二人を見送っていたが、船内へと降りる階段の側で固まっているルークを見るとそばによっていく。
「どうしたんだ、ルーク?変な顔して」

途端ルークが涙目になってジェラルドに縋り付いた。「いったいあのキルケさんって方はどういう人なんですか〜?僕あんな失礼な人にあったのは、初めてです!」
ルークの必死の問いかけにジェラルドは軽く頭を掻いて答える。
「ああ・・・あいつの事はあまり気にするな。あいつの物言いは昔からだ。俺たちが王族だとわかってもまったく物怖じしない・・。ちょっと変わった奴だが俺はあいつの事を気に入っている。それに・・あいつは今回の計画に無くてはならない奴だからな。」

計画、そうだ、僕もジェラルド様のお側に仕えて、今回の訪問の真の目的を聞かされている。この事を知っているのはジェラルド様お付きの僕とリディアーナ姫腹心のマリアベル侍従長(メイド長)だけだ。他は、皆キルケの事をユフテスの王子の誕生日にあわせてジェラルド様が雇った余興の魔術師だと思っている。
本当は、すごい人なのかもしれないが・・・やっぱり僕はあの人が苦手だ!

 

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